坂元裕二は“日常の愛おしさ”を描き続ける 『片思い世界』に込められた“ひと匙の希望”

 しかし、3人の「日常の愛おしさ」に触れるたびに、この「片思いしか許されない世界」に横たわる不条理な現実を突きつけられる。

 映画を観ている人はストーリーが進んでいくごとに、3人の特別な絆を育んだとある“秘密”に気づくはずだ。彼女たちがそれぞれ離れて過ごす時間には、目を合わせる人も、声に反応する人もいない。現実に紛れているようでいて、何気ない会話は彼女たちの間でしか成り立っていない。

 悲劇は往々にして、何の前触れもなく訪れる。逃れることのできない理不尽な暴力が、幼い3人の少女たちが所属する児童合唱団に襲いかかったことも、この世界では「ただの、かわいそうなお話」として片付けられてしまう。アニメーション映画『ルックバック』(2024年)でも描かれていたように、残酷で理不尽な出来事が目の前に現れたとき、人は何かを「続ける」ことでしかその世界に抗うことができないのかもしれない。過去の“事実”を変えることは決してできないのだから。

 しかし、物語の幕が下りたからといって、そこに暮らす人々の生活は終わらない。これからも3人はままならない世界で一喜一憂しながら、変わらずに身を寄せ合って寝食をともにするだろう。美咲が新たな仕事を始めたり、さくらが突飛もない進路を選んだり。優花が大学の授業中に意識していた男の子に、告白することだってあるかもしれない。

 彼女たちの身に起きた「悲劇」の先に、3人だけの「愛おしい日常」があった。それならば、もしも私たちが今生きている現実から切り離されることがあったとしても、それなりに「なんでもない日常」を「愛おしい」ものとして過ごしつづけられる可能性はゼロではないはずだ。

 もちろん単なる希望的観測にすぎない。彼女たちのように、3人で身を寄せ合ってあっけらかんと日常を過ごせるのは奇跡かもしれない。というか、おそらく奇跡だ。それでも「そんな世界線が存在するのではないか」という“ひと匙の希望”に、不思議なほど説得力をもたしてくれるのが坂元裕二のストーリーでもある。

 シリアスなのにシュールでユーモラスな物語は、これから生きていく限り、胸に抱え続けていくと思っていた「死」に対する恐怖心をやんわりと和らげてくれた気がした。

■公開情報
『片思い世界』
全国公開中
主演:広瀬すず、杉咲花、清原果耶、横浜流星、小野花梨、伊島空、moonriders、田口トモロヲ、西田尚美
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
配給:東京テアトル、リトルモア
©︎2025『片思い世界』製作委員会
公式サイト:kataomoisekai.jp
公式X(旧Twitter):@kataomoi_sekai

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