『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』はアニメファンにこそ観てほしい 大奥に蘇る“薬売り”の救済

『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』——大奥に生きる女性たちの戦いと薬売りの救済

 そして、今作の第二章『劇場版モノノ怪 火鼠』では、自らの「お家」を背負って出世を目指す女性が多く登場する。生まれついた「お家」の強さにかかわらず、大奥の世界で女性が成り上がる方法――それは、天子様の夜伽に選ばれてお世継ぎを産むことだ。

 当然、お世継ぎを産むために大奥の女性同士で争いが起きる。大奥の御年寄であるボタンは夜伽の規則を徹底することで御中臈たちの妊娠確率をコントロールしようとする。そこで烈火のごとく憤慨したのは、天子様のお気に入りのフキである。彼女は元々地位の低い家を背負って大奥に入り、お世継ぎを産むことで「お家」の安泰を手に入れようとしていた。

 このように、社会的地位を手に入れるために女性たちは自らの身体でさえも利用していく。作中、一人の女中が「お家柄なんて関係ないわよ。誰が産もうと、お世継ぎはお世継ぎ。商人の娘も、農民の娘も、産んだら勝ち! それが大奥、でしょ?」とポップに可愛く言うシーンがあったように。

 しかし、大奥という不自由な世界を支配する権力が彼女たちの前に立ちはだかる。

 第二章『劇場版モノノ怪 火鼠』では、大奥に生きる女性の父親も大きな役割を演じている。父親とその娘でカラーが統一されたキャラクターデザインに感嘆しつつ、洗練された絵だからこそ一層際立つ父親たちの腹黒さに思わず言葉を失う。彼らは、すべては大奥のためという大義名分のもとで、まるで将棋のコマのように自分の娘たちを使うことで大奥を支配し、自らが座る権力の座にしがみついている。死んでしまった自分の娘の代わりはいくらでもいると言えてしまう父親のなんとおぞましいことか。

 彼女たちはこの事実に直面し、自分が見えていたものの化けの皮が一瞬にして剥がれる様を目撃する。その瞬間に、自分たちを圧倒する巨大な権力の底知れぬ悪どさを知った彼女たちの表情のなんと生々しいことか。

 2007年のアニメ版であったなら、ひょっとすると、大奥に生きる彼女たちはこの時点で「モノノ怪」になっていたのかもしれない。しかし、彼女たちはすんなりと受け入れられないものであっても、手に入れたいもののためなら最後には自分の意志で飲み下す人間だ。『劇場版モノノ怪』において大奥に生きる女性は、かごに閉じ込められた可哀想な小鳥ではない。

 たとえば、ボタンは御年寄としての責任を全うし、時には己の許せないものを受け入れながらも大奥を守り通していた。そして、フキも権力に立ち向かいながら一人の女性として人生の重大な選択をすることになる。彼女たちはそれぞれがどうしても譲れないものをまっすぐ見据え、圧倒的な権力に対しても自分の持つ手札を大胆に切りながらたくましく生き抜いていく。そして、彼女たちは「薬売り」によって暴かれた「火鼠」の情念を知り、それに呼応するように自分の決断を信じて進むのだ。

 アニメ版から『モノノ怪』を観ているひとりの女性として私は、彼女たちの強い生き方に共感している。しかし同時に、私の語り得ない傷も痛むのだ。そして、その傷が痛むたびに「薬売り」という存在の重要性を感じる。

 大奥に生きる彼女たちは、たくましい。大奥という、どうにもならない世界においても自分がギリギリ選び取れる主体性を持ち、他者と連帯しながら新しい地平を切り開けるのだから。

 だが、その彼女たちを結びつけて物語の歯車を動かしたのは、やはり「薬売り」だ。「薬売り」の手で「モノノ怪」の「形・真・理」が紐解かれることにより、簡単には知り得ないほどの奥深いところで自分たちが通底していることに彼女たちは気づくことになる。そして、「モノノ怪」でさえも完全なる異形ではなく、自分たちと同じような悲しみを抱えていると知るのだ。

 たとえ女性がどうにか主体性を持って生きていても、その心の奥深くには悲しみが沈んでいる。この世界を渡り歩くため、己の譲れないものを手に入れるため、彼女たちが何かを手放すごとに知らず知らずのうちに心に沈殿していった悲しみだ。それは、多くを語らない「薬売り」が「モノノ怪」の「形・真・理」を突き止めるため、大奥に生きる人間の話に耳を傾ける過程によってようやく目に見えるようになる。現世に生きる彼女たちはその上で、今までとは少し違った人生の選択ができるようになるのだ。

 この、『モノノ怪』すべての物語の起点となる「薬売り」。人の奥底に沈んでいる声に耳を傾ける聞き手であり、人が自ら気づくことさえできない真実を引き出すカウンセラーは、時代がどれほど変遷し、女性の立場がどれほど変わろうとも、その生き様を見届け続けている。「薬売り」はきっとこれからも妖しく美しく、私たちの悲しみに寄り添い、鎮めてくれるのだろう。

■公開情報
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』
3月14日(金)全国ロードショー
出演:神谷浩史(薬売り役)、日笠陽子(時田フキ役)、戸松遥(大友ボタン役)、梶裕貴(時田三郎丸役)、細見大輔(坂下役)、黒沢ともよ(アサ役)、ゆかな(サヨ役)、青木瑠璃子(マツ役)、芹澤優(キヨ役)、茜屋日海夏(タケ役)、森なな子(スマ役)、入野自由(天子様役)、津田健次郎(溝呂木北斗役)、種﨑敦美(幸子役)、チョー(時田良路役
)、堀内賢雄(老中大友役)、楠見尚己(勝沼薬)、堀川りょう(藤巻役)、榊󠄀原良子(水光院役)
総監督:中村健治
監督:鈴木清崇
キャラクターデザイン:永田狐子
アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一
美術監督:倉本章、斎藤陽子
美術監修:倉橋隆
色彩設計:辻󠄀田邦夫
ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D監督:白井賢一
編集:西山茂
音響監督:長崎行男
音楽:岩崎琢
プロデューサー:佐藤公章、須藤雄樹
企画プロデュース:山本幸治
主題歌:アイナ・ジ・エンド「花無双」(avex trax)
エンディングテーマ:「渇望」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
配給:ツインエンジン、ギグリーボックス
制作:くるせる、EOTA
製作:ツインエンジン
©︎ツインエンジン
公式サイト:https://www.mononoke-movie.com/
15周年記念サイト:https://www.mononoke-15th.com/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/anime_mononoke
公式Instagram:https://www.instagram.com/mononoke_movie_official/
公式note:https://note.com/anime_mononoke/n/ne5d6728e73b7

関連記事