『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』は“オリジナル脚本”の良さを思い出させてくれる

コスパ・タイパ志向から距離を置く

 また、『のび太の地球交響曲』や『のび太の絵世界物語』は、現代人の相当数が映像視聴時に適用させている「効率主義」を排除する。

 『のび太の地球交響曲』は音楽がベースなので、文章で内容を簡潔に記述する(=サマリーで内容をさくっとチェックする)ことがしにくい。また、テンポも含めた曲想自体が演奏者の感情を表しているので、時短目的で倍速視聴すると、キャラクターの感情が極端に把握しにくくなる。「早口でもセリフさえ聞き取れればOK」なる倍速視聴派の言い分が封じられてしまうのだ。

 『のび太の絵世界物語』の場合、観客は登場する絵画を凝視し、対象物の色彩の変化を目でしっかりと追う必要がある。そこが物語のキモなので、やはり文章で内容を簡潔に記述することはできない。また、倍速視聴すると、それらを「目で追う時間」が減ってしまうので、物語の理解度が格段に落ちてしまう。

 要するに、コンサート会場でのライブ体験や美術館での絵画鑑賞を「時短」できないということだ。

 (古典的な意味あいにおける)音楽や絵画は、漫画やアニメや実写作品よりずっと昔から存在している、「時間をかけてじっくり鑑賞する芸術作品」だ。ここには倍速視聴や、飛ばし読みや、ネタバレサイトであらすじだけを読んで内容把握、といった現代的なコスパ・タイパ行動を適用させにくい。

 それゆえか、音楽や絵画の体験行為を映像鑑賞の主軸に据えた『のび太の地球交響曲』や『のび太の絵世界物語』には、「時短することなく、映画館で相応の時間をかけてじっくり鑑賞せよ」という作り手の強い意志が感じられる。

 ところで、『ドラえもん』で絵画と言えば、「のび太のパパは若い頃に画家を目指していた」というエピソードがファンの間では有名だが、今作でそこには触れない。しかし、「パパは絵のことをよくわかっている」と思わせるくだりがある。セリフもそうだが、そのときのパパの表情や口調、それによって醸される場の空気が、ごくごくささやかにパパの過去を「匂わせる」のだ。

 パパの過去を直接語ることなく、パパの過去を匂わせる。これこそ、内容のサマリーや倍速視聴では失われてしまう作劇上の機微であり、長編アニメーションという形式の『映画ドラえもん』でしか描けない物語の解像度、ドラマの粒度というものではないだろうか。

■公開情報
全国公開中
『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』
原作:藤子・F・不二雄  
監督:寺本幸代  
脚本:伊藤公志  
キャスト:水田わさび(ドラえもん役)、大原めぐみ(のび太役)、かかずゆみ(しずか役)、木村昴(ジャイアン役)、関智一(スネ夫役)、和多田美咲(クレア役)、種﨑敦美(マイロ役)、久野美咲(チャイ役)、鈴鹿央士(パル役)、藤本美貴(アートリア王妃役)、伊達みきお(サンドウィッチマン)(アートリア王役)、富澤たけし(サンドウィッチマン)(評論家役)
主題歌:あいみょん「スケッチ」(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN) 
挿入歌:あいみょん「君の夢を聞きながら、僕は笑えるアイデアを!」(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)
©藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025
公式サイト: https://doraeiga.com/2025/
公式YouTubeチャンネル: https://www.youtube.com/user/DoraemonTheMovie
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