『アノーラ』『教皇選挙』などユニバーサルグループに勢い? 第97回アカデミー賞受賞予想
監督賞
★ショーン・ベイカー『ANORA アノーラ』
ブラディ・コーベット『ブルータリスト』
ジェームズ・マンゴールド『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
ジャック・オディアール『エミリア・ペレス』
コラリー・ファルジャ『サブスタンス』
インディペンデント・スピリット賞監督賞のベイカー監督による受賞スピーチは、映画産業だけでなく、クリエイティブ職に就く全労働者の心情を代弁する胸を打つものだった。ベイカー監督はアワードキャンペーンを通じて映画制作の喜びと困窮する業界についてずっと言及し続けた。その集大成のようなスピーチだった。
2年前、『エブエブ』のダニエル・クワンが同じインディペンデント・スピリット賞で行ったインスピレーション・スピーチ同様、映画産業従事者をひとつにまとめる効果があったと思う。
主演男優賞
★エイドリアン・ブロディ『ブルータリスト』
★ティモシー・シャラメ『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
コールマン・ドミンゴ『シンシン/SING SING』
レイフ・ファインズ『教皇選挙』
セバスチャン・スタン『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
直前まで動向が変わっている、最難関部門。賞レース前半はエイドリアン・ブロディ独走状態だったのが、SAGでティモシー・シャラメが最年少受賞したことで形勢が変化。SAG賞授賞式時点ではオスカーの投票は締め切られているので、票に直接的な影響を及ぼすことはないが、29歳のシャラメが「こういうことは普通言わないかもしれませんが、僕は最高を目指しています。ダニエル・デイ=ルイス、マーロン・ブランド、ヴィオラ・デイヴィス、マイケル・ジョーダン、マイケル・フェルプスからインスピレーションを受け、彼らのような存在になりたいと思っています」とスピーチで示した飽くなき欲望は、映画業界の未来を明るく照らした。
一方、主演男優賞受賞の史上最年少記録(29歳と343日)を持つブロディがこの部門を落とすとなると、SAG(俳優組合)以外の業界関係者が『ブルータリスト』のAI使用(※俳優のハンガリー語発音矯正をAIで行った)をよく思っていないということだろうか……。
主演女優賞
シンシア・エリヴォ『ウィキッド ふたりの魔女』
カルラ・ソフィア・ガスコン『エミリア・ペレス』
★マイキー・マディソン『ANORA アノーラ』
★デミ・ムーア『サブスタンス』
●フェルナンダ・トーレス『アイム・スティル・ヒア』
こちらも激戦区。ゴールデングローブ賞の「ポップコーン女優と呼ばれて」のスピーチで一気に受賞本命となったデミ・ムーアがそのまま駆け抜けるか、BAFTAを受賞し『アノーラ』旋風に乗ったマイキー・マディソンか……。賞レース序盤では最有力視されていたカルラ・ソフィア・ガスコンが、SNSのキャンセル騒動で影を潜めてしまった。報道によると、アカデミー賞授賞式には騒動以降初めて参加するという。出演者、特に賞レースに担ぎ出す候補者の素行についてはキャンペーンを仕掛ける映画会社の危機管理不足としか言いようがない。デミ・ムーアはCCAのスピーチでも、ともに候補となった女優たちの名前とともに渦中のガスコンの名を呼び讃えた。誰もがSNSに攻撃される恐怖に怯える世界で、ムーアの行動はまさにClass Act(一流の作法)。やはり今年はデミ・ムーアの年になるだろう。
助演男優賞
ユーリー・ボリソフ『ANORA アノーラ』
★キーラン・カルキン『リアル・ペイン~心の旅~』
エドワード・ノートン『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
ガイ・ピアース『ブルータリスト』
ジェレミー・ストロング『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
助演女優賞
モニカ・バルバロ『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
アリアナ・グランデ『ウィキッド ふたりの魔女』
フェリシティ・ジョーンズ『ブルータリスト』
イザベラ・ロッセリーニ『教皇選挙』
★ゾーイ・サルダナ『エミリア・ペレス』
難関の主演部門に比べ、助演部門は序盤から独走状態が続いている。助演男優賞はキーラン・カルキン、助演女優賞はゾーイ・サルダナで決定。キーラン・カルキンはドラマシリーズの『メディア王~華麗なる一族~』でエミー賞とゴールデングローブ賞の主演男優賞を受賞し、翌年に映画でも受賞というアワードショーのレギュラー状態。ゾーイ・サルダナの受賞は、カンヌ映画祭で披露されて以来愛されてきた『エミリア・ペレス』の魂を救うような受賞になるだろう。
脚本賞
★『ANORA アノーラ』
『ブルータリスト』
★『リアル・ペイン~心の旅~』
『セプテンバー5』
▲『サブスタンス』
『ANORA アノーラ』のショーン・ベイカーか、『リアル・ペイン~心の旅~』のジェシー・アイゼンバーグ。後者はサンダンス映画祭で脚本賞を受賞し、1年かけてアカデミー賞までたどり着いた作品。脚本も演出も評価が高いショーン・ベイカーだが、編集部門にもノミネートされている。ベイカー監督に取材した際に、「6回観ても楽しめるように作りました」と語っており、1度目はストーリーラインを、2度目以降は主要登場人物5名の視点で観ると全く別の物語が立ち上がるすごい編集だった。ベイカーは、脚本賞は逃しても編集賞は獲るだろう。
脚色賞
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
★『教皇選挙』
『エミリア・ペレス』
●『ニッケル・ボーイズ』
『シンシン/SING SING』
旧来のAMPAS会員が好みそうな『教皇選挙』は、作品賞のほかで最も有力なのは脚色賞。ただし、WGAの脚色賞は『ニッケル・ボーイズ』。『教皇選挙』のピーター・ストローハンはイギリスの脚本家で、全米脚本家協会(WGA)の会員でないことから選外だった。ノミネート投票は支部投票なのでWGA会員が重なっているが、本選ではAMPAS会員全員に投票権がある。そう考えると、『教皇選挙』に落ち着きそうな気がする。
国際長編映画賞
●『アイム・スティル・ヒア』(ブラジル)
『ガール・ウィズ・ニードル』(デンマーク)
★『エミリア・ペレス』(フランス)
『聖なるイチジクの種』(ドイツ)
▲『Flow』(ラトビア)
『エミリア・ペレス』事件で形勢が変わってきた国際長編映画賞。今年は89カ国が応募、12月にショートリスト15本、そして5本がノミネーションまで残る狭き門である。ブラジルの『アイム・スティル・ヒア』は、ゴールデングローブ賞でフェルナンダ・トーレスがドラマ部門主演女優賞を受賞しこの部門でも躍進。ウォルター・サレス監督による手練の史実ドラマは“嫌われない作品”。作品賞のように選好投票であれば今作が受賞した可能性もあった。一方の『エミリア・ペレス』は、アメリカ映画にない趣がある独創的な映画で、“インターナショナル”という冠にふさわしい作品。おそらく『エミリア・ペレス』が受賞となるだろう。
長編アニメーション賞
●『Flow』
『インサイド・ヘッド2』
『かたつむりのメモワール』
『ウォレスとグルミット 仕返しなんてコワくない!』
★『野生の島のロズ』
映像だけで魅せる『Flow』がぐいぐい延びてきた終盤戦だったが、『野生の島のロズ』が受賞すると予想。『ロズ』はアメリカの子どもたちがみんな読んでいる児童書のアニメーション化で、家族がいるAMPAS会員は馴染みがある。最近のアニメーション作品に児童書の映画化が多いのは、見逃せないトレンドだ。
参照
※1. https://variety.com/2024/film/awards/oscars-france-disney-plus-1236244775/
※2. https://www.universalpictures.com/leadership-team/donna-langley
※3. https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-features/demi-moore-the-substance-director-coralie-fargeat-interview-tiff-1235990468/