『黒岩メダカ』にみる現代ラブコメの生存戦略 『少年マガジン』とラノベの2020年代
ラノベ原作ものが作り出す「ラブコメ」の潮流
他方、もう片方は「ライトノベル」というメディアだ。ライトノベルのアニメ化作品は年々増加する傾向にあるが、そのほとんどがいわゆる「異世界もの」であることは周知のとおりである。つまり、「ライトノベルのアニメ化」に比して、「学園もの」のラブコメ作品の増加割合はそこまで高くない。たとえば2010年にアニメ化されたライトノベル作品のうち、「学園もの」ラブコメが14本中6作品ほどだったのに対して、2024年は64本中8作品ほどである(もっとも、どこまでを「学園もの」として含めるかは個々人によって多少の差があるため、確実な数値ではない)。さらに言えば2024年は、「学園もの」ラブコメもいわゆる「豊作」の年だったのであり、それ以前の数年においてライトノベルの「学園もの」ラブコメは長らく「冬の時代」が続いてきた。
ここ数年の衰勢のなかでも、ライトノベルにおける「学園もの」ラブコメは決して絶えることがなかった。このとき重要な役割を果たしていたのは、project No.9の存在だろう。『弱キャラ友崎くん』や『継母の連れ子が元カノだった』、そして『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』がその最たる例といえる。これらの作品に共通して言えることは、冒頭で見たように人気のあった「一対一」のラブコメ要素を取り入れつつも、主人公とヒロインを中心としたクラスメイトたちの人間模様を描いてゆくような、ライトノベルで伝統的な「学園もの」のフォーマットを採用してストーリーを展開していることだ。
それが、2024年に放送された『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん(以下、ロシデレ)』や、現在放送中の『クラスの大嫌いな女子と結婚することになった(以下、クラコン)』へと繋がったと考えるのは難しいことではない。特にこの2作品は、かつての「学園もの」ラブコメに近い、「お色気」要素を随所に入れつつ、SDタッチのキャラクターを上手く用いながらコメディを起点に展開してゆく物語となっている。また『ロシデレ』も『クラコン』も、明確なメインヒロインがいつつも複数のヒロインが登場する予感があることも重要な点だろう。『マガジン』における『黒岩メダカ』のように、『ロシデレ』や『クラコン』は「ラブコメ」の伝統的な魅力を受け継ぐ作品になり得るといえる。
これらの「ラブコメ」は、近年のラブコメ作品全体を見てみると必ずしもシーンの中心にあるといえるような作品ではない。しばしば話題になるのは、冒頭に挙げたような『僕の心のヤバいやつ』や『アオのハコ』といった、美しい映像で製作される作品たちで、そこではあくまでも「一対一」の「純愛」が強調される傾向にある。無論、それは一つのラブコメの新しい境地であり、そうした作品自体の魅力は十分に強調されるべきだろう。
しかし他方で「ラブコメディ」というジャンルを改めて考えたとき、マルチヒロインを含めた複数キャラが生み出す(あるいはその状態自体を自己言及的にネタ化するような)「コメディ」要素は切り離すことができない。「ラブコメ」は、コメディによってストーリーが展開しつつも、コメディによって絶えず「恋愛」において重要なイベントが中断され続けることが1つの魅力でもあるジャンルだ。近年の『マガジン』やライトノベルのラブコメにおいて重視されるのは、そうした形の「コメディ」要素だろう。そう考えたとき、『黒岩メダカ』で話題になったような映像の「ゆるさ」や、『ロシデレ』『クラコン』で見られるSDタッチを多用する作風というのは、「純愛」的展開を脱臼させてしまうような「コメディ」要素を押し出すことによって、ラブコメ作品たちの魅力を引き立てる一つの「生存戦略」として機能する可能性を秘めていると、筆者は考えている。
■放送情報
『黒岩メダカに私の可愛いが通じない』
テレ東系にて、毎週月曜25:00〜放送
各配信プラットフォームにて配信
原作:久世蘭(講談社『週刊少年マガジン』連載)
キャスト:岩崎諒太(黒岩メダカ役)、芹澤優(川井モナ役)、雨宮天(湘南旭役)
監督:奥村よしあき
シリーズ構成・脚本:筆安一幸
キャラクターデザイン:渡辺まゆみ
音楽:立山秋航
音響監督:小沼則義
色彩設計:山上愛子
撮影監督:西村徹也(スタジオ エル)
美術監督:三宅昌和
アニメーション制作:SynergySP
©久世蘭・講談社/「黒岩メダカに私の可愛いが通じない」製作委員会
公式サイト:https://monaxmedaka.com
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/monaxmedaka