『Brother ブラザー 富都のふたり』に感じる“映画の力” 圧倒的な一作になり得た背景を考察
ろう者であるアバンや、トランスジェンダーのマニー(タン・キムワン)など、違ったかたちでのマイノリティの事情もまた、本作では描かれている。不自由な生活と疎外感を共有する人々は、連帯し助け合うことで日々を生きようとする。そういった本作の一連のシーンが示しているのは、単に生き延びるための効率の話だけではない。お互いに“誰かから必要とされたい”という、心の問題としても表現されているのだ。このあたりの要素は、本作で監督デビューを果たしたジン・オングが製作に加わった『ミス・アンディ』(2020年)の変奏ともいえるだろう。
だが、本作がマレーシアの「社会派」映画のなかでも、とくに突出した存在になったというのは、やはり兄弟を演じる台湾のウー・カンレンと、マレーシアの俳優ジャック・タンの演技にこそあるだろう。それぞれに世界の映画賞で演技賞を獲得しているのも納得できるほど、二人のパフォーマンスには、尋常ではない熱がこもっている。
本作は、多くの観客が予想できないほどにシリアスで胸が痛くなるような展開が用意されているが、とくに厳しい状況に置かれてしまうアバンが、これまでの人生で蓄積されてきた思いを、手話を使った“声なき声”として絞り出すように表現するシーンには、誰もが息を呑むことになるのではないか。
そこにウー・カンレンの卓越した演技力があることは疑いようがない。しかし、そこで演技の枠をも越えるような、凄みのあるパフォーマンスを実現できたというのは、単にウー・カンレンが演技巧者であるというだけでは説明がつかない。おそらく彼はそこで、現実に存在する、社会から不遇な扱いを受けているさまざまな人々の“言葉”を、代表して伝えようとしていたのではないか。だからこそ、一人の演技者の限界を超えた表現を、ここで生むことができたのかもしれない。
演技という芸術が、社会問題への意識によって、より力強く輝いたものとなる……。本作は、表向きに発展しながらも、社会制度や市民の意識が停滞しているマレーシアや、それに類する社会をかたちづくっている人々の冷淡さに対する、熱い怒りが込められている。そう考えれば、その燃え上がるような思いが、本作をただならぬ一作へと変貌させたことが納得できるのだ。
その意味でも、本作『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』は、外国人や海外にルーツを持つ人々を、より多く受け入れはじめている日本でこそ、観られてほしい映画だと感じられる。この作品によって気づいたこと、考えたことが、観客個人の世界観を変えることになるかもしれない。そして、そんなことがあるのならば、それはいつか何かのかたちになって、誰かを救うことも十分あり得るだろう。世界でさまざまな民族、文化が交差するようになったことで、むしろ不寛容さや偏見が目立ちはじめた現代だからこそ、映画に、そのような力があることを信じたいのである。
■公開情報
『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、テアトル梅田ほかにて公開中
出演:ウー・カンレン、ジャック・タン、タン・キムワン、セレーン・リム
監督・脚本 : ジン・オング
プロデューサー : アンジェリカ・リー、アレックス・C・ロー
撮影 : カルティク・ヴィジャイ
編集 : スー・ムンタイ
音楽 : 片山凉太、ウェン・フン
主題歌:「一路以来」片山凉太
挿入歌:「千言萬語」(歌唱:ユン・メイシン、編曲:片山凉太/ウェン・フン)
配給:リアリーライクフィルムズ
2023年/マレーシア・台湾/手話・マレー語・中国語・広東語・英語/115分/原題:富都青年/英題:Abang Adik/2.35:1/5.1ch/DCP&Blu-ray
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公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/brother-pudu