なぜこれほど優しい映画が生まれえたのか 『違国日記』が解きほぐす“ふつう”の呪い

 物語は、ひとつの喪失から幕を開ける。不慮の事故によって両親を亡くしてしまった、15歳の朝(早瀬憩)。親戚たちが一堂に会する葬式で、朝は危うく「たらいまわし」になってしまうところを、朝の母親・実里(中村優子)の妹である槙生(新垣結衣)に救われる。槙生は生前、実里と折り合いが悪く疎遠だった。そうして、お互いまだ何も知らないふたりの未知なる同居生活がはじまってゆく。

 今回発売される『違国日記』のBlu-rayには、撮影の裏側を映したメイキングとインタビューが特典映像として収められた。朝役を演じた早瀬憩は、映画の序盤にあるこの葬式のシーンで、なかなか納得のいく演技ができず苦戦したという。朝は葬式に参加した親戚たちのおびただしい小言に次第に頭が支配され、映像上では突然一人きりの空間になり、辺りが暗闇になっていく演出が施されている。そうして絶望に陥りそうになる朝に、槙生は「決してあなたを踏みにじらない」と真っ直ぐ宣言する。槙生と朝はそれぞれ正面の切り返しによって撮られ、映画のなかでもとくに力強い印象を与えるこの重要なシーンでは、「重たくなりすぎない」バランスが俳優と監督のあいだで模索された。また、もともと原作ファンだった槙生役の新垣結衣は、「四六時中ずっと作品のことを考えてたことっていままであったかなっていうくらい、ずっと考えてました」と話す。なぜこれほど優しい映画が生まれえたのか、その秘密に迫るファン必見の特典映像になっている。

 『違国日記』は、『FEEL YOUNG』(祥伝社)で連載していたヤマシタトモコによる大ヒット漫画を原作としていながら、監督・脚本・編集を務めた瀬田なつきの作家性が随所に感じられる作品にも仕上がっている。たとえば劇中に、朝が軽音部のバンドで「あさのうた」という歌を披露するライブシーンがある。瑞々しい朝の歌声と優しいメロディは、『違国日記』の世界観と見事に調和し、音楽もまた大事な役割を担っている。

 瀬田なつきによる過去作『PARKS パークス』(2017年)では、2017年に開園100周年を迎えた吉祥寺にある井の頭恩賜公園を舞台に、ひょんなことから古いオープンリールを発掘し、未完の曲を完成させようと奮闘する若者たちの姿が描かれている。彼らは音楽の方向性の違いによってときに衝突し合うが、最後には音楽が奏でられれば誰もが笑顔になり、牧歌的な世界が広がっていた。人と人の関係はつねにままならないが、瀬田なつきの映画では、音楽がそのままならなさをそっと包み込んでゆく。

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