『滅相も無い』は演劇と映像の垣根を超える “全員主役級”のキャストが紡ぐ独創的な物語

『滅相も無い』は演劇と映像の垣根を超える

 さて、ここまでは本作におけるざっくりとした作劇についての話。この『滅相も無い』がエポックメイキングな作品である理由は、その語り口にある。演劇領域と映像領域を自由に横断する加藤の作品らしく、それぞれの領域の持つ強さが高次元で結びついたものになっているのが本作の特徴だ。

 演劇と映像の大きな違いは(たくさんあるのだが)、“ライブ”であるのかどうか。映像にも生放送や生配信というものがあるが、映画やドラマは撮り溜めた映像素材を編集することによって物語が生まれ、作品として成立する。けれども演劇の場合、“ライブ=ナマモノ”なのだから観客の目の前で物語を生み出し、作品として成立させなければならない。映像の特権である「編集」などのマジックは存在せず、場面転換は人力で行わなければならないし、実際にはそこにあるはずのないものを演技と演出によって出現させなければならない。これを演劇の弱点だと考える人もいるようだが、むしろこれこそが強さだろう。優れた演技と演出、そして私たち観客/視聴者の想像力があれば、そこには何だって出現させることができるのだから。

 本作で穴の中に救済を求めて集まった8人が言葉を交わすシーンは写実的に作られているが、一人ひとりが自身の半生を語るシーンは演劇的だ。撮影はスタジオ内で行われ、語り手の人生に関わる者たちを6名のスタジオキャストがすべて演じている。親から友人まで、その数はなんと約150にもおよぶもの。演じる役が変わるごとに衣装を着替え、セットのチェンジもこのスタジオキャストが行い、そこに語り手の人生の一部が出現する。その舞台裏を想像すると目眩がするほど。そのような環境の中、“田舎暮らしの松岡”が横並びのイスに座ればそこに電車内の光景が現れるといった演劇的な“見立て”のギミックが施されており、多くの俳優が各キャラクターの子ども時代の姿も演じている。

 各話の語り手となる俳優が口にするのは、異常なまでの量のセリフ。しかもその言葉のベクトルは、ときに彼の話に耳を傾けるほかのメンバー(そして私たち視聴者)に対してのものから、またときにはスタジオキャストとともに生み出す劇中劇に登場する人々に対するものへと、柔軟かつ的確に変えていかなければならない。劇中劇のシーンはシームレスに変化していく。語り手を演じる俳優にどれだけの技術力と精神力が求められているか、演技をしたことがない方でもお分かりいただけるのではないだろうか。そしてもちろん、これはスタジオ内全員での共同クリエイションなのだから、協調性や他者の意図を汲み取るセンスのようなものも重要になってくるのだろう。

 そのあたりのことは、このBlu-ray BOXの映像特典として収録されているメイキング映像から知ることができる。演劇的な虚構性と映像だから獲得できるリアリズムーーこれらの結び目から生まれたのが、2024年の話題作にして問題作である『滅相も無い』なのだ。

 思えば“結び目”には、小さな“穴”が生じるものである。ぜひこの穴を覗き込んでいただきたい。じつはそれは途方もなく大きく、想像以上に深いものだろう。そしてあなたは意を決し、9人目の参加者として自身の心の澱を吐き出すことになるかもしれない。

■リリース情報
『滅相も無い』
10月2日(水)Blu-ray BOX発売

価格:16,500円(税込)

【映像特典】
・撮影裏側に密着したメイキング映像
・完成披露トークイベント①
(ゲスト:中川大志、染谷将太、上白石萌歌、森田想、加藤拓也監督)
・完成披露トークイベント②
(ゲスト:古舘寛治、平原テツ、中嶋朋子、窪田正孝、津田健次郎)

【仕様・封入特典】
・アウタースリーブ
・ブックレット

出演:中川大志、染谷将太、上白石萌歌、森田想、古舘寛治、平原テツ、中嶋朋子、窪田正孝、堤真一
ナレーション:津田健次郎
監督・脚本:加藤拓也
企画・プロデュース:上浦侑奈(MBS)
プロデューサー:戸倉亮爾(AX-ON) 林田むつみ(MEW)
制作プロダクション:AX-ON
協力プロダクション:ウインズモーメント
製作:「滅相も無い」製作委員会・MBS
主題歌:クリープハイプ「喉仏」(UNIVERSAL SIGMA)
発売元・販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
©「滅相も無い」製作委員会・MBS

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