『関心領域』は“異例”のヒット作? 現代で注目されるべき内容と成功した設計を考察

 “The Zone of Interest”、原題の文字通りアウシュヴィッツ強制収容所を取り囲む40平方キロメートルの地域内……施設の隣に住む家族を中心に人間の“関心領域”を捉えた作品が、公開からしばらく経った今もSNSで言及され続け、ヒットしている。確かにカンヌ国際映画祭やアカデミー賞など主要なアワードで話題になっていた作品だが、正直、典型的なハリウッドのエンターテインメント作品とは違う実験的な作品がここまで広く注目されることは珍しい。そこで改めて、『関心領域』がどのようにして多くの人の“関心領域”にアプローチしたのか、映画が描いたものとともに考えたい。

ヒットしやすい“エンゲージメント率が高い”映画設計

 1945年、アウシュヴィッツ強制収容所の隣に住むのは、収容所の司令官であるルドルフ・ヘスと妻のヘートヴィヒ、そして彼らの子供たちと家政婦だ。この一家が住む白く美しい豪邸は壁で覆われ、その向こう側ではユダヤ人が大量に虐殺されている。その残酷な描写を一切カメラに映すことなく、“音”だけで表現する本作は、他のことにおいてもあまり説明をしない。そもそも、予告編も観ず何の前知識も入れずに映画を観たいという趣向の観客にとってはかなり難解な作品になっただろうし、何となく「強制収容所の隣に住む家族の話」であることがわかっていても、歴史的背景を踏まえたり直接的な言葉で描かれない登場人物たちの心情を汲み取ったりしなければ、物語を初見で完全にわかりきることは難しい。

 それでも“何が描かれているのか”はわかることが、本作がここまでヒットした要因の一つなのではないだろうか。常に壁の向こう側から聞こえてくる、悲鳴と泣き声と銃声。何かを燃やす焼却炉の轟音と、その煙。子供がおはじきのようにして遊ぶ、人の歯。ヘートヴィヒはどこからともなく持ってきた服を家政婦に選ばせ、自分は高級な毛皮を羽織って鏡の前でポージングする。ポケットの中に手を入れた彼女はそこに口紅があることに気づくと、躊躇することなく試し塗りをしてみた。この一連の動作から、そのコートが彼女のものではないことは明白であり、その持ち主も想像が容易い。こんなふうに、本作はあらゆる場面で私たちの想像力を試す。想像することは、つまり関心を抱くことなのだと言うように。

 このような映画の作りゆえに、人々は鑑賞後にSNSをチェックして解説や考察、感想を読む傾向があり、そのエンゲージメントの高さが可視化されているため、他のユーザーもその波に乗りたくなる。特に『関心領域』の製作を手掛けたスタジオ、A24の作品は、アリ・アスター監督の『ミッドサマー』以降、そういった映画の売れ方が顕著になっているように感じる。「なんだかヤバそうな映画が公開されている」という雰囲気と、「難解映画を解説・考察する」ムーブメントが、本来なら“大ヒット”するような作品ではなかったものが思わぬヒット作にするのだ。実際、5月24日に公開初日を迎えた『関心領域』は、週末動員ランキング初登場で5位、洋画作品として1位を記録。オープニング週末の興収結果としては累計動員5万2882名、累計興収7869万6400円を記録するなど、異例と言っていい数字を叩き出している。これも、3月に各地で行われたアカデミー賞直前の特別先行上映の感想投稿が要因になっているように感じる。従来、公開時期のズレなどが原因で海外と日本国内のアワード作品への注目度合いに差がついてしまうのだが、『関心領域』はその問題を先行上映による口コミという形で容易にクリアしてしまった。この成功は、今後の洋画作品のプロモーションに大きな影響を与えていくかもしれない(というより是非参考にしてほしい)。

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