『ガールズバンドクライ』に反映された“川崎の特性” 舞台選びの妙が引き出す作品の魅力

 なぜ川崎が舞台に選ばれたのか? 東映アニメーションの平山理志プロデューサーはインタビュー記事で「地方から上京する少女たちにとって地に足がついた暮らしができる、東京近郊の街を探した」と明かしている。(※)実際に横浜駅、品川駅のどちらにも電車で10分ほどと利便性が高く、渋谷、新宿にも気軽に行くことができる立地だ。

 また川崎は「音楽のまち・かわさき」として推進協議会が発足し、市内のホールにてコンサートを行うなど音楽の活用に力を入れているほか、さまざまなアーティストを生み出してきた街でもある。川崎と音楽と聞けばBAD HOPなどのラップやヒップホップのアーティストが連想されやすいが、sumika、マカロニえんぴつ、ガールズバンドではSHISHAMOの存在が大きく、バンドとも縁の深い街でもある。その視点からも川崎を舞台にしたガールズバンドのアニメを制作することに違和感がない。

 川崎が抱える特性も作品には反映されている。1859年に開港した横浜に近いために川崎は外国人が多く居住してきた歴史がある。そのためにトラブルも多く発生していたが、現在はヘイトスピーチなどを規制する川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例を施行するなど、外国人を含めた差別解消に意欲的な街として知られている。その多様な人種を反映するように、南アジア系のルーツを持つルパをバンドメンバーに加えるなどの社会的な一面にも配慮されている。

 
 そしてもう1つ挙げなければいけないのは、川崎のイメージだ。京浜工業地帯のために様々な工場が立ち並ぶことで、多くの労働者が集まり繁華街が発展し、娯楽施設も多い。映画館や居酒屋などの他にも、パチンコ、競馬、競輪などのギャンブルから風俗街まで揃っている。その結果、治安が悪いイメージも抱かれている。実際はラゾーナ川崎のショッピングモールが誕生したこともあり、井芹仁菜が暮らしていると推察される西口の幸区方面は治安も安定しており、歓楽街の多い東口側も再開発の影響もあり治安が良化してきている。

 モデルとなる街のイメージは作品に直結する。例えばガールズバンド作品で2022年に大流行した『ぼっち・ざ・ろっく!』は下北沢を中心に物語が展開していく。下北沢は言わずと知れたバンドマンの聖地であり、オシャレなイメージが先行している。下北沢の雰囲気に馴染めないマイナス思考な後藤ひとりと、メンバーたちのゆるいやりとりも人気の1つであり、街のイメージを逆手にとった物語だ。

 では『ガールズバンドクライ』もバンドマンの聖地である下北沢を舞台としたら、企画が現在と同じように成立しただろうか? おそらく成立し得ないだろう。それは井芹仁菜をはじめとした、メンバーの行き場のない鬱屈とした感情の発露が、全く別の思いに変わってしまうためだ。井芹仁菜は高校を中退して1人で上京してくるが、その鬱屈した感情を音楽で発散することで視聴者にもその感情が伝わり共感を呼んでいる。下北沢だとオシャレ、サブカルチャーのイメージが先行してしまうが、川崎だからこそ鬱屈した感情の爆発が描くことができる。

 そして立地。前述したように川崎駅は横浜駅、品川駅にも10分で通える場所にあるが、これは裏を返せばおしゃれな街の横浜でも、また大都会東京でもない一種の中途半端さがある街ともいえる。客観的な視点では人口100万人を超える大都市であるのだが、武蔵小杉などの川崎内の特定の駅ならばともかく、川崎駅周辺が若者が憧れる街として名前が挙がることは珍しいだろう。

 だからこそ、仁菜のように高校に馴染めずに中退してしまった若者を受け入れる度量がある街ともいえる。今作で描かれている感情は、社会の普通という価値観から外れてしまった思いであり、多くのロックバンドが表現してきた感情の発露だ。その舞台として川崎というのは、まさにうってつけだろう。

 今作のシリーズ構成を担当している花田十輝が得意とする、思春期の若者が抱える焦燥感などを日常の中に落とし込み、そして音楽シーンで爆発させる。そのための舞台として川崎という選択はまさにうってつけであり、関東の人であれば比較的足を運びやすい場所だ。モデルになった場所は住宅街なども含まれるため、マナーを守ることを大切にしながら、ぜひ聖地巡礼を楽しんでほしい。

参照
※https://www.townnews.co.jp/0205/2024/03/08/723418.html

■放送情報
『ガールズバンドクライ』
TOKYO MXほかにて、毎週金曜24:30~放送
原作・企画・製作:東映アニメーション
シリーズ構成:花田十輝
音楽プロデューサー:玉井健二
劇伴音楽:田中ユウスケ(agehasprings)
キャラクターデザイン:手島nari
CGディレクター:鄭載薫
シリーズディレクター:酒井和男
キャスト:理名、夕莉、美怜、凪都、朱李
©東映アニメーション
公式サイト:https://girls-band-cry.com/
公式X(旧Twitter):https://x.com/girlsbandcry

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