平泉成の役者人生が示す“脇役いてこその主役” 初の主演作『明日を綴る写真館』に至るまで
平泉成が俳優生活60年にして映画初主演と聞いて驚いた。名バイプレイヤーとはいえ、これだけ著名なのだから主演作も当然あるだろうと思ったが、考えても作品を挙げることができなかった。当然である。主演作が存在していないからだ。
平泉は絞り出すようなかすれ声をよくモノマネされることで有名だ。苦みや渋みのある声には多層性があり、悪人のようでもあり善人のようでもあり、ときに凄みとなり、ときにはひ弱そうにも聞こえる。例えば庵野秀明監督作『シン・ゴジラ』(2016年)で演じた、ゴジラ出現により急きょ首相臨時代理に指名された農林水産大臣。最初はのらりくらりと、ラーメンのことばかり気にしていて頼りなさそうなのだが、じょじょに意外な面を見せていき、人間、捨てたもんじゃないという気分にさせてくれる。
朝ドラこと連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年度前期)でも政治家の役だった。ヒロイン・アキ(のん/当時・能年玲奈)の親友ユイ(橋本愛)の父で、かなり年下の元アナウンサーを妻にしているなかなか調子のいい人物だった。あるとき病に倒れるがリハビリの後、東日本大震災後、北三陸市長に就任する。
一筋縄ではいかない政治家のグレーな面がその声と佇まいに滲む。出世するには腹に一物ないといけない世の理をユーモアも交えて演じられる稀有な俳優だ。
近年は好々爺というのか、人のいい人物役が増えた気がするが、悪役が板についていた時期もある。その時期があるからこそ、海千山千の老獪な役もお手の物なのだろう。
父親でもおじいさんでも刑事でも政治家でも、どんな役でも平泉がいるだけで作品の厚みが増す。北野武の監督デビュー作『その男、凶暴につき』(1989年)では、主人公の上司で、ダーティーな刑事を演じ、彼がじょじょに印象を覆していく展開には目が離せなかった。その印象があるからか、新海誠監督作のアニメーション『天気の子』(2019年)で、人情味あるベテラン刑事の声を演じていたときも、出番の少ないこの刑事の人生が声から透けて見えるような気さえした。
主演映画『明日を綴る写真館』の企画・監督・プロデュースした秋山純が同じく企画・監督した『20歳のソウル』(2022年)では主人公の祖父役を演じ、ピンポイントながら、確実に主人公の支柱たる存在になっていた。
短い出番で確実に印象に残るのは名優たる所以である。いや、むしろピンポイントのほうが平泉成の個性は生きて、逆に主人公として出ずっぱりだと濃くなり過ぎるのかもしれないと推察しながら、主演映画『明日を綴る写真館』を観た。
気鋭のカメラマンとして注目されている太一(佐野晶哉)は、コンテスト会場に飾ってある写真に心惹かれる。撮影したのは地方都市の写真館の主人・鮫島(平泉成)だった。太一は弟子入りを希望するが、鮫島は無口でぶっきらぼうで親切に何かを教えてくれるわけではなかった。鮫島の言動を見つめながら、太一は気づきを得ていく。
多くを語るのではなく、その人の身体から滲み出るものが饒舌という、その街で長く生きてきた人物の姿こそが重要で、平泉はあたかもそこに長く生活してきた人物のように馴染んでいた。