第75回エミー賞、なぜゴールデングローブ賞と同じような受賞結果に? 現地ライターが解説
エミー賞やゴールデングローブ賞が同じような受賞結果になった理由
エミー賞はテレビ番組の制作者、ゴールデングローブ賞は世界76カ国310名のジャーナリスト、放送映画批評家協会賞は約600名の在米ジャーナリストからなり、投票者の属性がそれぞれ異なる。それなのに同じような結果が出るのはなぜだろうか?
第一に、エミー賞やアカデミー賞などの賞レースは、最高傑作を多数決で決めるものではない。多くの投票者が評価した結果であることは間違いないが、ドラマや映画を鑑賞する環境、タイミング、社会概況なども密接に関わってくる。配信サービス加入世帯数からもNetflix、ディズニープラス(Hulu)、HBO、そしてPrime Videoが4強なのは明らか。(※)
さらにそれらのプラットフォームやスタジオが賞を獲るために適切なプロモーションを行っていることが重要となる。『メディア王』のHBO、『一流シェフのファミリーレストラン』のHulu(ディズニー)、『BEEF/ビーフ』のNetflixは、FYC(For Your Consideration―ご検討ください)広告やプロモーションを効果的に行い、投票者への周知を高める術に長けている。いくつかの賞に投票した経験から言うと、評価の低い作品のFYC広告を周到に行っても受賞する可能性は低いが、一部に熱狂的に支持された作品でもプロモーションを怠ると、賞での評価には繋がらない。全6シーズンで53ものノミネーションを受けた『ベター・コール・ソウル』が無冠で終わったのも、そこに理由がある。放送局のAMCはプレミアム(有料)ケーブルチャンネルで、有料視聴者数は約1100万世帯。HBO(MAX)の4680万、Netflixの6670万世帯と比べると、数分の1の視聴世帯数だ。『ベター・コール・ソウル』は北米以外でAMCの放送同日にNetflixでも配信されていたが、北米でNetflix配信が始まったのは最終回放送の10カ月後、2023年4月18日だった。前作の『ブレイキング・バッド』がAMC放送のシーズン3までは認知度も視聴率も振るわなかったが、シーズン4の直前にNetflixで配信が始まり人気が爆発した例もある。『ベター・コール・ソウル』はエミー賞投票期間までにNetflixで全話配信されていたが、その時期に他のプラットフォームでは何が配信されていただろうか? Netflixは『BEEF/ビーフ』全話を4月6日に配信開始し、エミー賞ドラマシリーズ脚本賞及び監督賞受賞エピソードの『メディア王』第3話「コナーの結婚式」は、4月8日にHBOで放送されている。そして、どんなに優れていても『ベター・コール・ソウル』は『ブレイキング・バッド』のスピンオフ作品と考えられていて、二匹目のドジョウにエミー賞の女神が微笑むことは極めて稀だ。
2020年のパンデミックから3年経った2023年にはリアルで行われるFYCイベントが増え、コミュニケーション手段もSNS一辺倒から口コミが功を奏す世界に戻っている。昨年の第95回アカデミー賞主演女優賞に、超インディペンデント作品『To Leslie トゥ・レスリー』のアンドレア・ライズボローがサプライズノミネートされたのは、女優の友人の輪による草の根キャンペーンの効果だと言われている。ゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞、エミー賞に目立ったサプライズはなかったが、業界内で『メディア王』、『一流シェフのファミリーレストラン』、『BEEF/ビーフ』の3作品の評判が突出していたのは体感としてあった。だが、それらの作品が視聴者、特にFOXやネットワーク局を好んで観ている客層に響いたかどうかは疑問で、視聴率低下はその表れでもあるのだろう。
これらの概況からの分析とは別に、『一流シェフのファミリーレストラン』で気性の荒いレストランマネージャー役を演じたエボン・モス=バクラックは、コメディ部門作品賞受賞後のインタビューでこう語っている。
「今夜たくさんの賞を受賞した3作品にも言えることですが、コメディやドラマといった区別はもう時代遅れな気がします。人間が生きていく上での混乱ぶりをテレビシリーズに反映させたら、かなり滑稽でおかしかったということじゃないでしょうか。(どの作品のキャラクターも)苦悩を抱えていました」
混乱の最中にあった2023年のハリウッドで働く人々(ジャーナリストも含む)は、泥臭く人生を邁進する人々を描いたドラマに共感し、このような至極個人的な感情をドラマシリーズに映し出したクリエイターたちを賞賛したのではないだろうか。
参照
※ https://flixpatrol.com/streaming-services/subscribers/