『屋根裏のラジャー』が果たしたジブリタッチの継承と卒業 スタジオポノック最良の快作に

 高畑勲監督にも、おそらく『リトル・ニモ』でやり残したこと、作劇上の課題といったものは残ったはずだ。最後の長編となった『かぐや姫の物語』(2013年)でも、およそ現実とかけ離れた“おとぎ話”を現代の劇映画として成立させるために、やはり長年にわたる生みの苦しみを経験している。その歳月をともに過ごしたのが、のちにスタジオジブリから独立してスタジオポノックを立ち上げる西村義明プロデューサーだった。『屋根裏のラジャー』は、まるで高畑監督が残していった物語表現の宿題を、西村プロデューサーが果敢にフィニッシュしてみせた作品のようにも見える。大袈裟に言えば、アニメ史に残る無念を晴らした感すらある。

 とはいえ『屋根裏のラジャー』は、そこまで大仰な映画ではない。基本的には少人数のキャラクターだけで展開する、ごく小規模な物語だ。その慎ましさが美点でもある。そこに多彩なキャラクターをふんだんに投入したり、カラフルで壮麗な異世界のビジュアルをこれでもかと畳みかけることで、大作級のスケール感を醸し出している。ちょっと過剰にも思えるほどだが、それも西村プロデューサーが古巣で学んだ「娯楽映画における膨張とエスカレートのコントロール術」なのかもしれない。

 作劇だけでなく、ビジュアル面での新しい挑戦も盛り込まれているところにも、『かぐや姫の物語』と同じスピリットを感じる。今回の作品では、児童文学の挿絵のような質感をアニメーションに付加する新技術が投入されている。キャラクターに施されたイラスト風の陰影、質感のグラデーション表現は、従来の2Dアニメでは見たことがない新鮮な面白さがある(前例がない技術ゆえに、公開時期を遅らせるほど制作現場を圧迫したそうだが、それもまた高畑スピリット?)。

 こうした挑戦を可能にしたのが、監督の百瀬義行と、作画監督の小西賢一。両者ともスタジオジブリ時代の高畑監督を支えた鉄壁のスタッフである。

 百瀬義之監督は『ど根性ガエル』(1972年)の時代から敏腕アニメーターとして名を馳せ、スタジオジブリでは宮﨑・高畑作品のキースタッフとして活躍、capsuleのPV「ポータブル空港」(2004年)や『ギブリーズ episode2』(2002年)といった短編監督作も注目を集めてきた。ジブリではついに劇場長編を手がける機会はなかったが、そこからのれん分けしたスタジオポノックで『屋根裏のラジャー』を監督したのは、まさに「満を持しての登板」といえる。空想と現実が入り乱れるドラマを注意深く展開させるオーソドックスな語り口、作劇面と技術面の新機軸にも柔軟に対応する演出力には、ベテランらしい風格を感じる。さらに、過去の短編作品でも顕著だった、のびやかなイマジネーションと映像表現力の融合は圧倒的で、本作でも遺憾なく発揮されている。

 作画監督の小西賢一は、アニメファンにはおなじみの存在だろう。スタジオジブリ出身のアニメーターで、高畑監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)で作画監督デビュー、近年は渡辺歩監督と組んだ『海獣の子供』(2019年)『漁港の肉子ちゃん』(2021年)などで腕を振るっている。『屋根裏のラジャー』では、ジブリアニメの系譜に連なる端正なキャラクターに、ダイナミックなアクション、メタモルフォーゼの魅力も盛り込み、前述の陰影・質感のエフェクトを馴染ませるという斬新な試みにも挑戦。メジャー感と実験性を好バランスで両立させ、元気いっぱいな作画の楽しさも味わわせてくれる。スタジオポノックの命題が「ジブリタッチの継承と卒業」であるとしたら、本作はゆかりのスタッフを揃えつつ、その両方を叶えた作品ともいえる。

 『リトル・ニモ』が当初のプロデューサーの理想や、関わった作り手たちのイメージどおりに完成していれば、こんな映画になったかもしれない……『屋根裏のラジャー』を観ながら、そんなことを考えた。その実現は、西村義明プロデューサーから高畑勲監督への贈り物でもあったのかもしれない。

■公開情報
『屋根裏のラジャー』
全国公開中
声の出演:寺田心、鈴木梨央、安藤サクラ、仲里依紗、杉咲花、山田孝之、高畑淳子、寺尾聰、イッセー尾形 
原作:A・F・ハロルド『The Imaginary』(『ぼくが消えないうちに』こだまともこ訳・ポプラ社刊)
監督:百瀬義行
プロデューサー:西村義明
配給:東宝
制作:スタジオポノック
製作:「屋根裏のラジャー」製作委員会
©2023 Ponoc
公式サイト:www.ponoc.jp/Rudger
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/StudioPonoc
公式Instagram:https://www.instagram.com/ponoc_jp

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