Netflix『BLUE EYE SAMURAI』の恐るべき完成度 溢れる日本の時代劇への愛とリスペクト

 Netflixで配信された海外制作の時代劇アニメ『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』がおもしろい。観ている人はあまり多くないものの(少なくとも、Netflixの“今日のTV番組TOP10”に入っているのを見たことがない)、日本の時代劇への愛とリスペクトを感じられる素晴らしい完成度を誇る作品となっている。

 事実、最大級の映画批評サイトRotten Tomatesでは批評家支持率100%観客支持率96%と驚異の高評価を誇る。大抵の場合映画批評サイトは自分の好きな映画のスコアがやたら低かったりなど鼻持ちならないことが多いが(2Pacのリリックを白人の大統領が引用するアイス・キューブ主演の『トリプルX ネクスト・レベル』(2005年)があんなに低評価なのはおかしいと思う)高評価の時は都合よく利用して自分一人がおもしろいと思っているわけではないと証明できる。

 とはいえ、世間的にはあれほど低評価な『トリプルX ネクスト・レベル』が日本のNetflixで“今日の映画TOP10”にランクインしたことがあるという事実を鑑みるに、やはり『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』は未だ多く観られている作品の内には入らないのだと思う。これではあまりにもったいない。というわけで『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』の素晴らしいポイントをいくつか紹介したい。

 『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』は白人のミックスとして鎖国中の日本に生まれた碧眼の女性ミズ(マヤ・アースキン)による仇討ちの物語だ。『眠狂四郎』を想起させる設定に時代劇へのリスペクトを感じる上に、仇討ちの物語と世界観はどことなく『子連れ狼』シリーズを彷彿とさせる(四獣士なる敵があらわれて1話で全滅するところとか)。また、主人公ミズや領主の娘であるアケミ(ブレンダ・ソング)、先天的に腕が欠損しているソバシェフのリンゴ(マシ・オカ)など、本来的に侍ではないもの、江戸時代におけるマイノリティに物語のフォーカスを絞ることで、転じて「侍とはなにか」ということを浮き彫りにしている。これは士道を捨てて冥府魔道に入り、侍ではなくなった拝一刀を通じて「侍とはなにか」を描こうとする『子連れ狼』のアプローチに近い。

 また、時代劇へのリスペクトから切り離してみてもミズの持つ憎悪の物語がすこぶる面白い。主人公ミズは4人の白人の性暴力によって鎖国中の日本にミックスとして生まれ落ちた。碧眼を持つミズは怪物と蔑まれ、やがて己を産み落とした4人の白人を見つけ出してこの手で殺すことを誓う。盲目の鍛冶屋(ケイリー=ヒロユキ・タガワ)に弟子入りしたミズはその客として訪れる様々な流派の侍から技術を吸収し、やがて仇討ちの旅に出る。こうして鍛えたミズはそれはもう笑えるくらい強いのだが、一方で拝一刀や座頭市のように無傷で大量殺人を達成できるほど強いわけではない。むしろ結構な頻度で瀕死のダメージを負う。

 しかしミズが恐ろしいのはそこからである。もう死んだ。もう倒れたはずだ。そんな状態から憎悪の炎を燃やし、幽鬼めいた姿で襲い掛かってくる。そしてウィルヘムの悲鳴が多発し、大地は血で染まる。主人公の持つ憎悪の凄まじさに胸震わされ、その怒れる一個人が引き起こす大変な出来事に呆然とするはめになるのは、復讐ものの醍醐味だろう。

 その憎悪の物語を彩るアートワークにも注目したい。本編は大変血生臭い物語ではあるが、その一方で『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』の世界に広がる日本の景色は残酷なほどどこまでも美しい。多くの人が言及しているが、日本の美を理解し反映した流麗なアートワークだ。SNS上では本作にの携わったアーティストがいくつかのコンセプトアートをアップしているが、それを見ればいかに日本の景色を研究しているかがわかる。

 特に本作のプロダクション・デザインを務めたJason ScheierのX(旧Twitter)を覗いてみると、普段から日本の景色をスケッチしており、日本の景色に対する深い造詣が見て取れる。雪の重さに枝垂れる松の木。庵から立ち上る炊煙。侘びた色味の茅葺屋根。磯に打ち付ける荒波。日本人には馴染み深い景色が海外制作の作品としては驚くべきクオリティで再現されている。

 海外制作の日本を舞台にした作品ではよく日本と中国を混同しているようなものが時折見受けられるが、『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』ではそのようなシーンはほぼ見られない。少なくとも中国や香港の古装片をよく見ている筆者としては、そう感じられた。とはいえ別に完璧な時代考証が行われ、完璧な江戸時代の日本が描かれているというわけではない。第1話に出てくる剣術道場にはガーゴイルめいた天狗像がそびえて立っているし、本作の仇敵アバイジャ・ファウラー(ケネス・ブラナー)の住む城はデストラップ・ダンジョンとして機能している。しかしまあ完璧な時代考証の時代劇なんてものは日本でも珍しいし、我々はそもそも柳生スキー軍団が出てきて乳母車にマシンガンを搭載した拝一刀と大立ち回りを演じる国に生きているわけなので、さして気にする必要はない。というかアヴァイジャ・ファウラーの根城がデストラップ・ダンジョンなのは面白すぎた。

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