鈴木杏×蒼井優『花とアリス』が今も繋ぐ奇跡 『大奥』『ブギウギ』の特別な役に寄せて

 今秋ドラマの中で、完成度で頭ひとつ抜けた作品といえば、予想通り、よしながふみ原作×森下佳子脚本の『大奥』Season2(NHK総合)だろう。

 そして、この秋、ドラマ好きや映画好きを沸かせたささやかな奇跡もあった。

 それは、『大奥』に平賀源内役で鈴木杏が出演する一方、NHK連続テレビ小説『ブギウギ』(10月2日放送開始)に主人公・鈴子(福来スズ子/趣里)が憧れる歌丸少女歌劇団の娘役トップスター・大和礼子役で蒼井優が出演していたこと。

 この2人の名で思い出すのは、2003年にショートフィルムが配信された後、2004年に劇場版が公開された岩井俊二監督の『花とアリス』だ。

 同作で2人が演じたのは、幼なじみのハナ(鈴木杏)とアリス(蒼井優)。ハナは落語研究会に所属する高校生・宮本(郭智博)に一目惚れし、宮本に接近すべく、同じ部活に入るなど、ストーキングを始める。

 ある日、嘘をついて宮本と急接近したハナだが、その嘘がバレそうになり、嘘を重ねるハメに。しかも、その嘘がきっかけで宮本がアリスに恋心を抱いてしまう……という内容だ。

 W主演だった当時、年齢は蒼井優の方が2歳上ながら、鈴木杏は子役からの芸能活動と、蜷川幸雄作品への多数出演、ポカリスエットのCMや野沢尚脚本×豊川悦司主演の連ドラ『青い鳥』(1997年/TBS系)、『六番目の小夜子』(2000年/NHK教育)などでの眩いほどの美少女ぶりで注目され、役者としてのキャリアでも知名度でも上を行っていた。

 そんな鈴木が、『花とアリス』では、若さゆえの思い込みの激しさと妄想・粘着によるストーキング活動をおとぼけな笑いに昇華させ、芝居の巧みさを強く印象づけた。

 一方、アリスを演じた蒼井優は妖精のように軽やかで可憐で自由奔放で、特にラストのバレエシーンは全てを持っていってしまうほどの輝きを放っていた。そこから2年後にバレエ経験値を大いに活かした映画『フラガール』主演でブレイク、同年に松本大洋原作のアニメ映画『鉄コン筋クリート』で声優仕事においても注目されるなど、一気にスターダムにのし上がったのはもはや説明不要だろう。

 『花とアリス』は、2人のキャリアにおいてもおそらく分岐点となった作品であり、大人になる数歩手前のガチャガチャしたやり取り、取っ組み合いの喧嘩などには2人の少女の「日常」のリアルを見るような気もした。

 その後、蒼井優が数々の映画賞を受賞し続け、連ドラではヒロイン役を中心に別格の存在感を発揮し続けた一方、鈴木杏は2010年代からは舞台を主戦場とし、『聖なる怪物たち』(2012年/テレビ朝日系)、『anone』(2018年/日本テレビ系)を除いた民放連ドラにはほぼ出演せず、NHKドラマスペシャルドラマかスペシャルドラマのみの活動になっていく。

 そんな2人が2015年に再共演を果たす。岩井俊二が脚本・監督を務めた『花とアリス』の前日譚となるアニメ映画『花とアリス殺人事件』(2015年)だ。

花とアリス殺人事件 予告編

 前日譚のアニメ化は『花とアリス』を作った直後からあったプランだったが、当時はアニメのことを何も知らず、いろいろ調べて行く中で「スティーブンスティーブンというチームが、一緒にやりましょうと言ってくれたので、今回、成立させることができたと思っています」と岩井監督はインタビューで明かしていた。(※1)

 さらに、2017年には東京国際映画祭の第30回記念特別企画「Japan Now 銀幕のミューズたち」で蒼井優と鈴木杏が岩井俊二監督と共に『花とアリス』撮影当時を振り返るイベントが開催された。

 そこでは「撮影現場では“キャアキャア”と楽しそうにやっていて、あれこそ、箸が転がってもケラケラという感じの、あの年頃のならではのエネルギッシュな現場」だったことが監督から語られた他、2人の口からはお昼を一緒に食べていたこと、休憩中にやった桜合戦(桜で雪合戦をする)の遊びがそのまま撮影され、本編で採用になったことなどが語られていた。(※2)

 『花とアリス』に魅せられた多くの人にとって、同作は2人の少女の日常を切り取った作品であり、それは刹那の瞬間で、永遠に続くように思える世界でもあった。

 そんな鈴木杏と蒼井優が、奇しくも同じ10月に、いずれもNHKのドラマに重要な役割を果たした。

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