前期タランティーノの集大成? SZA経由で再評価? 20周年『キル・ビル』を再考する

公開20周年の『キル・ビル』を再考する

 日本の観客にとって20年後に観る『キル・ビル』は、公開当時から散々語られてきた日本映画、及び日本カルチャーからの曲解を含む夥しい影響以外にも、語るべきポイントが無数にある。布袋寅泰が『キル・ビル』の4年前に阪本順治監督の『新・仁義なき戦い。』のために書き下ろした「新・仁義なき戦いのテーマ(BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY)」が、『キル・ビル』で使用されたことでいつのまにか「『キル・ビル』のテーマ」と呼ばれることになり、その後10数年にわたって、国内の地上波バラエティ番組だけではなく、世界中で最も使用頻度の高い日本の楽曲の一つとなったこと。今や日本映画界を代表するインターナショナル・アクターの一人となった國村隼や、押しも押されもせぬ主演スターとなった高橋一生が、ルーシー・リュー演じるオーレン・イシイ率いる日本のヤクザの一味として活躍していたこと。そういえば、Netflix『ONE PIECE』の大ヒットを受けて世界中でファンが急増中の新田真剣佑が、『キル・ビル』の服部半蔵役で強烈な印象を残したサニー・チバ(千葉真一)の長男であることに、日本国外ではどれだけの人が気づいているのだろう?

SZA - Kill Bill (Official Video)

 そして、2023年のポップカルチャーにおいて「Kill Bill」と言えば、何はともあれSZAの大ヒット曲「Kill Bill」である。世界中で今年最大のヒットとなったこの曲のインスピレーション元は、言うまでもなくタランティーノの『キル・ビル』だ。嫉妬心から別れた恋人とその新しいガールフレンドを殺害することを妄想するショッキングなリリック、ミュージックビデオ、そして同曲を披露する際のツアーでの演出は、いずれも明確に『キル・ビル』のストーリーやバトル描写を意識したものとなっている。「映画の主人公は嫉妬心からビルに復讐を誓ったのではないのでは?」と思うかもしれないが、SZA本人が語るところによると、彼女が感情移入をしているのはサーマン演じる主人公ではなく、なんとデヴィッド・キャラダイン演じるビルの方なのだという。

『キル・ビル Vol.2』

 この現象の面白いところは、『キル・ビル』の前作、タランティーノが全編にわたって70年代ブラックスプロイテーション映画への愛着とリスペクトを込めて撮った『ジャッキー・ブラウン』(1997年)の方ではなく、70年代にブラックスプロイテーション映画と並んでブラックコミュニティにおいて愛されていたカンフー映画の要素を持つ『キル・ビル』の方が、かつてのブラックスプロイテーション映画的な受容のされ方によって、公開から20年を経て「新たなクラシック」となっていることだ。

 #MeToo時代における逆風を経て、そのようにちょうど公開20周年を迎えた今年になって改めてカルチャーアイコンとしてポップカルチャーの世界で再評価されることとなった『キル・ビル』は、タランティーノが現在製作中の監督10作目(『The Movie Critic(原題)』)を最後に映画監督を引退することを表明しているので、次作『デス・プルーフ in グラインドハウス』(2007年)と合わせて、今では正式に「前期タランティーノ」の集大成と位置付けることも可能だ。

『キル・ビル Vol.1』

 最後に告白しておくと、2003年の公開当時、タランティーノ作品の中でもダントツでリファレンス過多かつ衒学的な『キル・ビル Vol.1』の作風に面食らって、半年後までお預けとなった『Vol.2』の公開時には少々冷めていた。しかし、今回改めて見直してみて、特に『Vol.2』の正統派西部劇としての真摯なアプローチに、予想外の感銘を受けてしまった。芸術的に、そして産業的に、ハリウッド映画が現在のような危機に瀕することなど誰も想像できなかった90年代初頭の映画監督デビュー時から、タランティーノの視線は常に失われつつある映画史に向いていた。『ジャッキー・ブラウン』においてその対象は往年のブラックスプロイテーション映画のキッチュさであり、『キル・ビル』においてその対象は往年の日本映画や香港映画の持つケレン味にあったわけだが、近年のタランティーノ作品ではその対象はハリウッド映画の歴史そのものへと広がっている。その到達点が『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』であり、引退作『The Movie Critic』もその延長上にある作品となるだろう。そう考えると、タランティーノのフィルモグラフィーの変遷への理解や共感もより深まるのではないだろうか? 21世紀において映画とは、つまりノスタルジーである。そして、その真実をタランティーノは前世紀の終わりからずっとわかっていたのだ。

■放送・配信情報
『キル・ビル Vol.1』
スターチャンネルEXにて配信中
STAR2にて、10月22日(日)13:30〜/10月25日(水)23:15〜放送
©2003 MIRAMAX FILM CORP. All Rights Reserved.

『キル・ビル Vol.2』
スターチャンネルEXにて配信中
STAR2にて、10月22日(日)15:30〜放送/10月26日(木)23:15〜放送
©2004 MIRAMAX FILM CORP. All Rights Reserved.

公式サイト:https://www.star-ch.jp/feature/detail.php?special_id=20231004

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