『ジョン・ウィック:コンセクエンス』の“引用”を読み解く 神聖なモチーフや絵画の意味

侯爵と絵画の関係性と、権力者VS市民の構図

 本作は何と言っても悪役が良い。『ジョン・ウィック』シリーズといえば悪役が小物すぎて脅威に感じられないのが印象的だったが、本作のグラモン侯爵は、小物は小物でもより残酷で小賢しいやつだ。彼は首席連合の力を使って好き勝手にジョンを追い詰めようとする。その毒牙はジョンの友人たちにも向けられた。コンチネンタルの支配人、ウィンストン(イアン・マクシェーン)は彼からホテルとコンシェルジュのシャロン(ランス・レディック)を奪われ、大阪コンチネンタルは壊滅的なダメージを受けた。今度はただグラモン侯爵を殺すだけではダメなことをウィンストンから忠告を受け、ジョンは決闘を申し込む。

 このジョンの決闘状を叩きつけにウィンストンが侯爵を訪れるシーンは、作品の“美術的”要素を格段に引き上げている。撮影はルーブル美術館で行われ、侯爵は大きな絵の前でくつろいでいた。ウィンストンが彼に歩み寄る途中でいくつも映される絵画はそれぞれがジョンの物語を表すものになっており、特に印象深い3枚が「メデューズ号の筏」、「民衆を導く自由の女神」、そして「サルダナパールの死」である。

 「メデューズ号の筏」はウィンストンが歩いている途中で映る、とても大きな絵画だ。テオドール・ジェリコーによって描かれたこの絵画は、実際に起きたフランス海軍のフリゲート艦メデューズ号の難破事件を映している。座礁した船には少なくとも147人の生存者がいて、彼らは筏を作って漂流することになる。しかし、救出されるまでの13日間の間でほとんどが死亡し、生き残った15人も飢餓や脱水状態にあり、狂気に駆られて食人に及んだと言われている。この絵画の中には、そういった最悪の状況下における人間の感情が全て描かれており、まさにジョンが本作の旅路であらゆる感情に向き合うことになることを示唆しているのだ。

 ウィンストンが到着した時、グラモン侯爵の前に立てかけられていた絵画は「民衆を導く自由の女神」であり、これが本作やジョンの物語に直結していると言っても過言ではない。ウジェーヌ・ドラクロワによって描かれたこの絵画は、1830年に起きた「フランス7月革命」をテーマにしている。「フランス7月革命」とは貴族や聖職者を優遇する王政復権による政策に不満を高めた市民……学生や労働者を中心とした民衆が3日間で起こした革命だ。そして権力の高い者(グラモン侯爵や首席連合)から自由を奪われている存在は、本作におけるウィンストン、キング、ケイン(ドニー・イェン)、ミスター・ノーバディ(シャミア・アンダーソン)であり、ジョンはそのうちの一人でありながら、絵画の中で国旗を持って民衆を導くフランスの象徴・自由の女神マリアンヌの立ち位置にあるのだ。

 本作における裕福な権力者と支配される市民の構図は、ウィンストンが引用したネッド・ケリーの言葉(「Such is life」)を引用した点にも表れている。ネッド・ケリーは有名なオーストラリアの盗賊、ブッシュレンジャーであり、権力に反抗する存在だった。貧しい者からは奪わないどころか手を差し伸べ、彼が強盗する際に着用していたヘルメットは富裕層にとっては恐怖の、貧しい民衆にとっては敬慕の対象だったと言われている。言ってしまえばジョンもそういう存在なのだ。

 その一方で、グラモン侯爵がティーカップにスプーンを擦り付けて音を鳴らすシーンが登場するのも面白い。これはジョーダン・ピール監督作『ゲット・アウト』の催眠シーンでも使われていたが、元々は主人が音を鳴らすことで黒人奴隷を呼びつける動作なのだ。つまりその仕草そのものが傲慢な権力者を体現すると同時に、彼自身が誰かを支配する立場でいることの自覚を表している。

 そんな侯爵を表す一枚が、彼の座るソファの後ろに掲げられていた「サルダナパールの死」である。これも「民衆を導く自由の女神」を描いたドラクロワによる絵画で、アッシリア王のサルダナパールの最期を描いた歴史画だ。絵の中で彼は真っ白の服を見に纏い、命乞いをする者に興味を示さず、自分の身の回りで起きるカオスを無表情で見つめている。自身の財産が破壊される様子をただ見ているしかないサルダナパールは、同じように真っ白いスーツを身にまとったグラモン侯爵そのものであり、この絵は彼自身が迎える結末を示唆しているのだ。面白いのは、この絵の間反対にジョンを表す「民衆を導く自由の女神」が置かれていることで、この位置関係も含めて『ジョン・ウィック:コンセクエンス』が一人の男の復讐物語の結末にとどまらず、権力者に対する革命を描いた作品であることがわかるのだ。

 映画の冒頭でキングによって触れられた『神曲』の一節は、“希望を捨てよ”とあった。しかし、ジョンが本作で迎えた結末は、映画の冒頭で首席連合の首領が言っていたように、彼が唯一得られる平穏だったのではないだろうか。『ジョン・ウィック』の1作目から、この男は死に場所を探していた。そんな彼が地獄巡りの果てに得た安息と眠り。ある意味、彼にとってはハッピーエンドでありつつも、ケインのその後を描いたエンドクレジットシーンは、これまでに多くの人を手にかけてきた者たちが“ハッピーエンド”を簡単に迎えられるわけがないという、ビターな後味を残した。それでも、今後も映画会社がお金稼ぎをしたくなったらジョンは墓石の外から叩き起こされるのだろう。その日まで、どうか安らかに。

■公開情報
『ジョン・ウィック:コンセクエンス』
全国公開中
監督:チャド・スタエルスキ
出演:キアヌ・リーブス、ドニー・イェン、ビル・スカルスガルド、ローレンス・フィッシュバーン、真田広之、リナ・サワヤマほか
配給:ポニーキャニオン
2023年/アメリカ/原題:John Wick: Chapter 4
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