『らんまん』が“大切な一作”になった理由 「名前を刻む」ことでたどり着いた祈り

 思えばこれは、園子が生まれた回と対になっている。殊更丁寧に「名づけ」を描いた回だった。植物採集旅行中の万太郎は、寿恵子とお腹の子を気遣い、何通も手紙を送る。「わしらが万太郎、寿恵子と名づけてもろうたように、わしらの大切な子にも、ええ名前をつけちゃりたい」と、本当に思いつく限りに書き送る。ナズナ、ユキノシタ、リンドウ他、植物の名前の羅列の後、生まれた我が子を見つめた万太郎は、その全ての総括のように「この子の人生にありとあらゆる草花が咲き誇るように」と、「園子」と名づけた。

 第126話の寿恵子と万太郎は、まるでその名づけの行程を逆再生するかのように、もう一度繰り返しているように見えないだろうか。繰り返すことで、亡くしてしまった娘・園子をもう一度生かし、彼女が生きた証をその場所に永遠に刻もうとするかのように。後に図鑑の「スエコザサ」のページを見て「じゃあ私、万ちゃんと永久に一緒にいれるんですね」と言った寿恵子の言葉と同じように、園子もまた、万太郎の終の棲家となったその地で、永久に2人と共にいる。もっと言えば、その場所は、後の世まで、多くの人々に愛され続ける庭園となる。

 名づけ、愛おしい存在を記録して永遠に残すこと。それは、万太郎の仕事そのものでもある。「日本国中の草花を全部明らかにして名付け親になって、図鑑にする」こと。その思いは、身の回りだけでなく、世界全体を照らした。台湾の調査に赴き、戦いの痕跡を目の当たりにした後の回である第110話で万太郎は言った。「人間の欲望が大きゅうなりすぎて、些細なもんらは踏みにじられていく。ほんじゃき、わしは守りたい。植物学者として後の世まで守りたい」から、「人間の欲望に踏みにじられる前に、全ての植物の名前を明らかにして、そして、図鑑に永久に刻む」のだと。

 名づけること。記録として記し、保管し、後の世に繋ぐこと。それは「祈り」に似ている。命には限りがある。大きな時代の流れの中からすれば、私たち1人1人の歩みなど、ちっぽけなものなのかもしれない。だからせめて、生きた証を残そうとする。愛する人との時間を、夢を、思いを、永久にそこに留めようとする。「次の人」に託そうとする。決して奪われてはならない、なかったことにされてはならない日々の物語を。私たちの日常は、きっと、そんな先人たちの足跡の上にあるに違いない。

■配信情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】 
NHK+、NHKオンデマンドで配信中
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK

関連記事