浜辺美波演じる寿恵子を“犠牲者”にしなかった『らんまん』 朝ドラの妻たちとの違いは?
では『らんまん』主人公の妻・寿恵子はどうか。彼女の在り方で画期的だと感じるのは自分の足で稼いだ情報と卓越したコミュニケーション能力を活かして商売の世界で成功し、そこで得た縁を夫・万太郎に繋いだ点だ。さらに当時は田舎扱いだった渋谷の土地を購入し、待合茶屋の経営をスタートさせたのは複数の子どもの出産後。つまり彼女は中年とされる年齢に達してから経済的に自立し、夫の夢を金銭的にもチャンスの面でもバックアップしたのである。まさに、家計を支えるため仲居として働く寿恵子に商売の先輩でもある叔母・みえが放った「だったら、あんたも一緒に駆け上がってみなさいよ」の言葉を自力で実現。夫の後をただ着いていくのでも、同じ分野でサポートするのでもなく、彼女は自分の力で駆け上がり、そこで得た成功をパートナーと共有した。その生きざまは凛々しく強い。
もし、寿恵子が万太郎をただ献身的に支え、自らの人生を犠牲にして彼の植物学者としての仕事をサポートする受け身の存在であったなら、この夫婦を真っすぐ見ることはできなかったかもしれない。が、彼女の行動の芯にあるのは「植物学者・槙野万太郎の研究を世に出すためならやれることはなんでもやる!」との強い意志。破天荒な天才を支える妻が圧倒的な光に焼き殺される犠牲者として描かれていないのは本作『らんまん』魅力のひとつである。
ご存じの通り『らんまん』にはモデルが存在し、主人公の槙野万太郎と寿恵子のキャラクターも実在した人物がベースとなっている。寿恵子のモデル・壽衛にも商売の才覚があったらしく、渋谷(現在の円山町)に待合茶屋「いまむら」を出し、店は陸軍の顧客も抱えて繁盛したそう。が、景気の悪化に伴い壽衛は店を売却し、夫婦はある土地に居を移す。その後、若い頃からの無理がたたったのか、壽衛は身体を壊して55歳の若さでこの世を去った。このときの牧野家はまた経済的にも困窮しており、病気を治療するための長期の入院もままならなかったそうだ。
さて、物語としての『らんまん』も今週を入れて残すところあと2週。夫婦のモデルとなった壽衛は55歳で旅立ち、牧野富太郎は妻を見送った後に94歳まで生きた。半年間にわたり、あまりにも多くのギフトを手渡してくれた本作がどんな結末を迎えるのかはわからないが、寿恵子が(壽衛がそうであったとされているように)入院費が払えず、病院の床で亡くなるような最期でないことを祈りたい。
というか、もうここまで来たら寿恵子には史実をぶっ飛ばす勢いで強く長く生き抜いて欲しい。植物学者・槙野万太郎を心の底から推し続けた妻であり、同志でもあった彼女のラストシーンが寂しいものになりませんように。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK