『君たちはどう生きるか』制作スタッフが語る、ドルビーシネマで実現した宮﨑駿の理想

 宮﨑駿監督が10年ぶりに手掛けた長編アニメーション『君たちはどう生きるか』には、Dolby Cinema(ドルビーシネマ)と呼ばれる技術が使われたドルビーシネマ版がある。最高級の映像と音響で上映できるドルビーシネマ版は通常版と比較して何が異なり、どのようなところが見どころなのか。『君たちはどう生きるか』で撮影監督を務めた奥井敦と、音響や映像などのポストプロダクションを担当した古城環がDolby Japanで取材に答えた。

(左から)奥井敦、古城環

「圧倒的な明るさの表現力によって放たれる光のエネルギーが、無限に広がる色彩の世界を余すところなく映し出します」

 ドルビーシネマ対応の映画を観ると、そんなナレーションとともにスクリーンが輝き、多彩な色が踊り出すPR映像が流れる。Dolby Vision(ドルビービジョン)と呼ばれる、ドルビーシネマでも映像面の特徴をアピールする部分だ。

 こうした技術を使うことで、『君たちはどう生きるか』では「青サギが太陽から迫ってくるような光の明るい部分や、冒頭の灯火管制が敷かれた暗いシーンをドルビーシネマのスクリーンでは見せることができました」と奥井は話す。「フィルムで撮影していた時代は、どれだけ明るくしてもハイライトの階調が残っていましたが、デジタルになって光が光らなくなりました。ある階調になると情報量が少なくなって、明るくしようとするなら白く飛ばすしかなくなって、表現の先細りを感じていました」と振り返る。

 ドルビーシネマなら、そうした明るいシーンでもしっかりと絵を見せてくる。逆に暗いシーンでも、すべて真っ黒に潰れてしまうことがなく、何が描かれているかがしっかりと分かる。『君たちはどう生きるか』の冒頭で繰り広げられる、主人公の眞人の母親が入院している病院が火事になって大勢が走り回っている夜のシーンなど、大平晋也による圧巻の作画がすみずみまでしっかりと確認できる。

 Dolby Atmos(ドルビーアトモス)という、劇場内のどこからでも音が聞こえてくるようにできる音響技術も、ドルビーシネマの特徴だ。古城によれば、『君たちはどう生きるか』ではこの技術が屋外でのシーンで使われているとのこと。自然の音が頭の上も含めた空間全体から聞こえてくるようになっていて、「通常のバージョンとは結構違います。ちゃんとその場にいるような感覚になります」と古城は効果を説明する。

古城環

 ただし、アクション映画のように音を前後左右に振り回すことはなく、「お婆ちゃんたちが動き回っているところも、音は動かさず5.1chや7.1chと同じようにフロントから音を出しています」と古城。「音響チームの合い言葉は引き算で、迷ったら外しましょうと言ってきました。アクション映画のような派手なシーンがなく、前半は隣の人の鼻息も気になるくらい静かです。そこから音の広がりを重視して音を作っていきました」と、最新技術であっても必要に応じて使い分けたことを話した。

 こうした現場の工夫や苦労に対して、肝心の宮﨑監督は「うん」と言った程度とのこと。ただし、「もともと打ち合わせが少なくて、絵コンテの指示を読み解く日々でした」と、古城は音響の作業を振り返る。「とあるシーンでドアノブの音だけがなぜか無音になると書いてあって、なぜ無音なんだと思いながら読み解いて今の形にしました」。奥井も「30年いっしょにやっていると、どうしてほしいかが分かる」と話して、宮﨑監督が想定しているショットを仕上げていることを説明した。

 ドルビーシネマによって『君たちはどう生きるか』はどのような映画になったのか。技術的な違いではなく、感覚的な違いを聞かれて古城は、「没入感ですね。制作者側がこういう状態で観てほしいと思っている最高峰の映像を提供できます。物語が染みてくるような効果があると思います」と指摘する。奥井も、「最高の環境で観てもらえます」と、作り手が願う状態の映像を目の当たりにできるメリットを強調する。宮﨑監督と制作に携わったスタッフが望んだ最高品質の映像と音響をドルビーシネマなら体感できると言えそうだ。

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