『コクリコ坂から』が描いた“男の不可侵領域” 宮﨑駿脚本に通底するロマンチシズム

 対して『コクリコ坂から』でも、そんな男におけるサンクチュアリのような場所が登場する。主人公の海たちが通う港南学園高等部の部活棟、カルチェラタンである。海が普段生活する民宿・コクリコ荘とは違い、カルチェラタンは男子生徒たちが各々の思想や学説、持論を展開しながら部活動をしている。あえてカルチェラタン/コクリコ荘と男女の住処を区別することで、カルチェラタンという“男の巣窟”の汗臭さ、ロマンをより際立たせている。このカルチェラタンを発案したのは、いうまでもない宮﨑駿本人だ。『風立ちぬ』を筆頭とした歴代作品のメカ描写から彷彿とさせる“男の領域”という煙っぽい、或いはオイルのような独特な匂いをここからも感じ取ることができるのではないだろうか。

 “男の領域”といえば、『風立ちぬ』の二郎とその友人・本庄、そして『コクリコ坂から』の同じく友人関係として描写される風間と水沼の間柄にも、“男同士にしか立ち入ることのできない領域”を彷彿とさせるシーンが垣間見える。二郎と本庄は大衆食堂で、俊と水沼は新聞部の部室で、それぞれ肩のぶつかる距離感で語り合ったり、現状について物申すシーンがある。このようなシークエンスから観客が察するのは、“男同士”というクローズドで密なシーンにおける特殊性だ。どちらとも短いシーンではあるが、観客には印象深く、彼らの関係性を示唆させるシーンとして映るがゆえに、両作品ともに“これは決して男女だけの物語ではない、男の物語でもあるのだ”という気づきへと繋がる。

 『風立ちぬ』では二郎と結婚した菜穂子が結核になり、病に侵されながらも国のために尽くす夫に献身する妻、という戦争時代を投影した男女観、『コクリコ坂から』では日本映画史に“ヌーヴェルヴァーグ”(社会にあぶれた者、奔放な性、社会における女性の役割の変化などを積極的に描く風潮)というのムーブメントが巻き起こった時代に共鳴するような“エスケープ”的恋愛。両者ともにそういった男女の在り方を描きながら、そこに確かに“男の共通言語”ともいえるロマンとダンディズムを盛り込んでいるのが、なんとも宮﨑駿らしい脚本づくりといえよう。

 宮﨑駿、という連綿と続く映画史に刻まれる文脈を持つ映画監督の新作が封切になった喜びも冷めやらぬ中で、『コクリコ坂から』を鑑賞できることは代えがたい経験となるはずだ。ぜひ、本作を観て新作にも思いを馳せ、新たな物語を目の当たりにする期待に心を躍らせながら劇場に足を運んでみてほしい。

■放送情報
『コクリコ坂から』
日本テレビ系にて、7月14日(金)21:00~22:54放送
※サッカー中継のため最大15分、放送開始時間が繰り下がる可能性あり ※本編ノーカット
企画・脚本:宮﨑駿
監督:宮崎吾朗
原作:高橋千鶴、佐山哲郎
声の出演:長澤まさみ、岡田准一、竹下景子、石田ゆり子、風吹ジュン、内藤剛志、風間俊介、大森南朋、香川照之ほか
©2011 高橋千鶴・佐山哲郎・Studio Ghibli・NDHDMT

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