『ザ・フラッシュ』はヒーロー映画とは思えない? 1人2役演じ分けたエズラ・ミラーの功績
超高速で移動できるスーパーヒーローの“フラッシュ”ことバリー・アレン(エズラ・ミラー)は、今日もヒーロー活動に勤しんでいた。ゴッサムのバットマン(ベン・アフレック)と共闘しつつ、倒壊する病院から多くの命を救う。しかし私生活の方は絶望的だった。バリーの父は妻殺しの疑惑をかけられて刑務所にいる。無罪を証明できそうな唯一の証拠も、役に立たないことが判明してしまった。そんな悲しい夜に、バリーは尾崎豊ばりに行き先も分からぬままに走り出した。そして光すら超えた速度に到達したとき、バリーはタイムトラベルの能力を得る。こうなってくると話は別だ。バットマンの「過去改変をするとエラいことになるぞ」の忠告を念頭に、ちょっとだけなら平気だろうと母が生きる未来を作るために過去へ戻る。そして無事に母を救うことに成功するが、そのせいで何もかも狂ってしまって……。
『ザ・フラッシュ』(2023年)は、DCコミック映画の新作&単独主演作である。主役は光速移動ができるスーパーヒーロー、フラッシュだ。とはいえ、バットマンをはじめとするジャスティス・リーグの皆さんも顔を出すし、昨今流行りのマルチバース(並行世界)ものなので、別世界のスーパーヒーローも登場し、当然のようにカメオ出演も盛りだくさん。過去作や他ヒーローに関するあれこれを知っておいた方が確実に楽しめるだろう。さらにタイムトラベル要素もあって、現代バリーと過去バリーがタッグを組む、ジャン=クロード・ヴァン・ダム映画でいうところの『ダブル・インパクト』(1991年)状態である。おまけにDCコミックの映画の体制が色々と揺れている煽りも受けており、大人の事情が垣間見える瞬間もチラホラだ(DC映画はこれから本格的に新体制へ移行していくそうだから、本作にはいわば「商品入れ替え」的な側面もある)。つまりどういうことかと言うと、単純に、ややこしい映画なのだ。
ところがどっこい。ややこしい映画なのは間違いないのに、それでいて最後は驚くほど律儀に風呂敷を畳むから偉い。描かれるのは「悲劇をどう乗り越えて生きていくか?」という至ってシンプルなテーマだ。過去に数えきれないほどに、あの手この手で料理されてきたテーマだが、本作は真正面から感動的に描く。風呂敷を広げまくったヒーロー映画とは思えないほど、こじんまりとしたクライマックスには驚きつつ、しかし泣かされることだろう。
この複雑でシンプルでいて不思議な手触りの映画が成功しているのは、間違いなく主演のエズラ・ミラーの功績だ。ヒーローとして半人前の現在フラッシュと、ヒーローの力を得たばかりの新人フラッシュの1人2役をやっているのだが、この演じ分けが素晴らしい。家族への想いを募らせる生真面目な現在フラッシュは映画のブッとい大黒柱であり、新しく得たスーパーパワーを得て、ふざけまくる新人フラッシュは本作のコメディリリーフ。つまり主演も助演も1人でこなしているのだ。これは驚異的なことである。トム・クルーズが本作を観て絶賛したそうだが、ひょっとするとこのエズラへの賞賛の意図が強かったのかもしれない。トムもまた若かりし頃に『卒業白書』(1983年)にてパンツ一丁ダンスで映画を引っ張った。『バカ殿様』ばりの裸芸で笑いを取るエズラに昔の自分を見たのか……というかトムはジャッキー・チェンへのリスペクトも表明しているし、単純に裸芸がツボという疑惑もある。ただエズラは色々とスキャンダル……というか犯罪疑惑まみれの俳優なので、そこは法に従って捜査を受けたうえで、必要なら刑務所で罪を償ってきてください。