『キル・ボクスン』の肝は“静的”な部分にあり アクションとストーリーの相乗的な関係
ティーンエイジャーとなった娘(キム・シア)の成長は、そこに深刻な事態を招くことになる。娘に知恵がつき社会性が身についていくことで、キル・ボクスンは自分の仕事や人生が否定されるのではないかという恐怖にかられるのだ。これもまた、現実の世界で公序良俗に反するとして偏見を持たれるような仕事に従事せざるを得ない人物が抱く悩みを、じつはリアリスティックに映し出していると考えられる。
一方、娘の側も、自分が性的指向においてマイノリティであることで、社会から偏見を持たれることについて悩んでいる状況にある。そんな母と娘の課題や悩みは、相似の関係を浮かび上がらせながらも、思春期の子どもと親によるディスコミュニケーションによって断絶されているというのが、本作の特徴的な設定なのだ。
伝説の殺し屋“キル・ボクスン先輩”として、後続から尊敬される彼女ではあるが、この娘との壁を乗り越えるのは容易ではない。それは、いかに仕事がうまくできて、取引先や顧客とのやりとりが達者だとしても、思春期になった自分の子どもとは意思疎通が難しいといった、普遍的な構図そのものであるといえる。
そんな重苦しい課題に悩みながら、キル・ボクスンは、自分の組織に反抗するという、危険な選択をすることとなる。一見、それら仕事とプライベートとの関係は、別々の事柄だと感じられるが、その後の展開を見ると、そうではなかったことが理解できるのである。それは、葛藤の末に娘が周囲の目線や、その場の感情に左右されず、自分の道をしっかりと歩もうとするというシーンに集約されている。
キル・ボクスンは、目の前の人間をなぜ殺すのかという疑問に突き当たり、自分のなかの倫理観や信念に付き従って、組織と敵対するリスクを負うこととなった。自分の生活や娘の身の安全を第一に考えるのであれば、彼女の立場からすると愚行だといえるだろう。しかし、彼女がそんな行動をとったのは、これからの生き方を模索する時期に入った娘に対して、恥じることのない生き方をしたいという感情の発露だったのだとも考えられる。
殺し屋という仕事そのものが反社会的であるのはもちろんではあるが、あまりにも冷酷な殺人には加担せず、不利な状況に陥ろうとも毅然として自分の信念を貫こうとするキル・ボクスンの姿勢と、より強い存在に立ち向かう姿は意外にも、言葉では断絶されていた壁を越えて、娘の心へと届くことになる。
このとき、アクションや暴力的な描写は、ただ観客を興奮させるだけのものではなく、人間のドラマを描く上での重要なパーツとしても機能することとなる。作品のストーリーが、アクションをより輝かせ、そのアクションがストーリーを補完する。この相乗的な関係は、アクション映画における、一つの理想的なバランスといえるのではないか。そしてそれは、キル・ボクスンが苦闘の果てにたどり着いた、仕事と娘との関係にもたらされる境地とも重なっているのである。
■配信情報
Netflix映画『キル・ボクスン』
Netflixにて独占配信中
出演:チョン・ドヨン、ソル・ギョング、イ・ソム、ク・ギョファン、キム・シア、イ・ヨン
脚本・演出:ピョン・ソンヒョン
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