“カンフー映画”の奇跡を起こした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
故に『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』においてエモーショナルなカンフーアクションが実現したのは、ミシェル・ヨーやキー・ホイ・クァンのカンフーと演技が優れているだけでなく、ダニエルズ監督コンビの類まれなる才能によるところも大きい。これは彼らが皆それぞれ主演女優賞、助演男優賞、そして監督賞を獲っていることからも明らかだ。そしてなにより『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』におけるエモーショナルなカンフーアクションの実現に貢献しているのが、本作でファイトコレオグラファーを務めたアンディ・リー&ダニエル・リー兄弟コンビの存在だろう。
カンフー映画好きにとって、本作におけるリー兄弟コンビの活躍はかなり泣ける。リー兄弟のことは、「尻にトロフィーを挿入してカンフーした2人組」と紹介すれば本作を観賞したものであれば一発で理解できるだろう。なんと彼らはもともとプロのスタントパフォーマーとかではなく、ひたすら近所の公園とかで手製のカンフーアクションを撮影しては自身らのYouTubeチャンネル「MartialClub」に投稿し続けてきた野良犬アクション集団なのだ。トイザらスに売ってそうな安っぽいマーベルヒーローのコスチュームに身を包み、住宅街のど真ん中にある公園でカンフーするその姿はなんとも愛らしく、その一方でキレ味の鋭すぎるカンフーの腕前とガチすぎるアクション演出に思わず舌を巻く。これでほぼ独学で武術を学んだというのだから凄い。
ただひたむきに近所の公園とかでカンフーアクションを撮っていたリー兄弟がアカデミー賞作品賞の映画でファイトコレオグラファーを務め、尻にアナルプラグの形をしたトロフィーを挿入してミシェル・ヨーとカンフーしているのだ。これほど泣けることはない。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は物語上カンフーが重大な意味を持ち、だからこそアクション設計がなにより重要となる作品だ。そんな映画がアカデミー賞作品賞を受賞した。そうなると、『ジョン・ウィック』シリーズ監督のチャド・スタエルスキやキアヌ・リーブスが度々言及しているように、アカデミー賞におけるスタントパフォーマーやアクション設計に携わる人々にスポットを当てた部門の新設が求められるのではないだろうか。
ミシェル・ヨーの偉大なるアクション遍歴と、キー・ホイ・クァンの遠回りのようでなにひとつ無駄のない道のり。ダニエルズの才覚とリー兄弟のひたむきなカンフー愛。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はカンフーだけの映画ではないが、同時に紛れもなくカンフー映画であることは改めて主張したい。カンフー映画が、アカデミー賞を獲ったのだと。無論アカデミー賞という権威的な箔があろうとなかろうと『ザ・ワン』が名作であることは揺るがないように映画の本質的価値はなにひとつ変わらないが、それでも嬉しいものはやっぱり嬉しい。
■公開情報
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティス
配給:ギャガ
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