『スター・ウォーズ』ファンからも絶大な支持 『マンダロリアン』が評価される理由とは?

 映画の枠を超え、世界のさまざまな文化的領域で、一つの象徴として定着している『スター・ウォーズ』。現在は創造主たるジョージ・ルーカスから全幅の信頼を置かれ『スター・ウォーズ』を受け継いだデイヴ・フィローニらクリエイターが主導するかたちで、オリジナルドラマシリーズ『オビ=ワン・ケノービ』、オリジナルアニメシリーズ『スター・ウォーズ:テイルズ・オブ・ジェダイ』など、関連する映像作品が数多く発表されるようになっている。そのなかで、とりわけファンの評価が高く、期待に応えて3シーズン目へと突入するのが、ドラマシリーズ『マンダロリアン』である。

 さらに先のシーズン4の製作も噂されている『マンダロリアン』は、なぜここまで多くの視聴者や、コアファンにも賞賛され、受け入れられているのか。ここでは、シーズン3の配信にあわせ、『マンダロリアン』が評価される理由を再度振り返ってみたい。

『マンダロリアン』シーズン1 ディズニープラスにて配信中

 顔をヘルメットで隠し、アーマを着込んだクールなバウンティハンター(賞金稼ぎ)“マンダロリアン”ことディン・ジャリンと、強い“フォース”の力を秘めた、愛らしい姿の幼児グローグー。この一見ミスマッチなコンビが、ともに銀河を駆け巡り冒険する……そんな設定の本シリーズで、まず視聴者を惹きつけるのは、やはりこのコンビそのものの魅力にあるだろう。

 最初に目につくのは、ファンの間で「ベビーヨーダ」ともいわれる、グローグーの異様なほどの可愛らしさだ。『スター・ウォーズ』のシリーズ作品を通して、銀河系の正義の守護者「ジェダイの騎士」を指導してきた偉大なマスター・ヨーダは、影響力のある老人でありながら可愛らしい見た目を誇る存在であった。そんなヨーダと同じ種族で、さらに幼児であるグローグーなのだから、可愛らしくないわけがない。

『マンダロリアン』シーズン3 ディズニープラスにて配信中

 さらに、そんな子どもと、銀河のならず者たちと張り合う冷徹なバウンティハンターという、ギャップある組み合わせが、グローグーの魅力をより引き立てているともいえるだろう。これはまさに、スイカに適量の塩を振りかけることによって、より甘さを際立たせる食べ方にも似ているのではないか。

 思い起こすのは、世界でも人気があり、何度も映像作品の原作となっている日本の劇画作品『子連れ狼』の設定だ。江戸時代の日本各地を巡りながら、やはり賞金稼ぎを生業(なりわい)とする、サムライの親子の物語を、本ドラマシリーズは『スター・ウォーズ』の世界観で表現していると考えれば、何となく理解しやすいかもしれない。

『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』ディズニープラスにて配信中

 また、『マンダロリアン』の登場人物が登場するオリジナルドラマ作品『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』でも、『子連れ狼』で描かれた、幼子に二つの選択肢を与え、運命を選ばせるという有名な一場面を想起させるようなシーンを用意しているところから、やはり直接的に影響を及ぼしている部分があるように感じられる。

 もともと『スター・ウォーズ』の世界観は、ジョージ・ルーカスが尊敬する巨匠・黒澤明監督の時代劇映画をSFアドベンチャーとして表現した部分があった。そう考えると、その世界観の中にある『マンダロリアン』が、日本のサムライの物語を下敷きにするというのは、理に適っているといえるのではないか。

『マンダロリアン』シーズン3 ディズニープラスにて配信中

 このように、『子連れ狼』における、小さな子供と凄腕のサムライの、可愛らしさと渋さを兼ね備えたコンビが持つ、キャラクターのキャッチーさは、そのまま本シリーズにも存在しているといえよう。また、実際の親子ではない、年の離れたコンビが、いつしか本物の親子のような愛情を持つに至るという、感動的な筋立ても加えられている。

 もともと『スター・ウォーズ』は、異なる世代のキャラクターたちによる精神的な結びつきが描かれてきた作品だった。ルーク・スカイウォーカーと、二人の師オビ=ワンとヨーダ、さらにアナキン・スカイウォーカーとクワイ=ガン、オビ=ワンとの関係、さらにはレイとルークのように、師匠と弟子の関係であったり、冒険のパートナーであったり、いつしか家族にも似た結びつきを持つようになる構図や展開というのは、『スター・ウォーズ』における人間ドラマの重要な要素であった。

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