『星の王子さま』がなぜ“音楽朗読劇”に? 演出家とプロデューサーが語る“気づき”の視点

朗読劇『星の王子さま』に制作陣が込めた思い

演劇はもっと日常に溶け込んでもいいようなエンタメ

ーーお二人が『星の王子さま』に初めて出会ったときを振り返ってみて、何か印象的な思い出はありますか?

小川:お恥ずかしながら、読んだ記憶があまりないんです。大人になって、この企画をいただいたときに「読まなきゃ!」って思って読みましたが、幼いときの記憶というか、苦い思い出、少し辛かった思い出が蘇ってきたんです。だけども、最後はちょっと救われたんですよね。私も実は幼いころから絵を描くのが好きで、いろんな絵を描いていました。実はそれって子供の中の世界においてとか、子供にとってはすごく大切なことなんだけど大人には理解できないもので。この物語を読んだことで、大人になったからこそ第三者という、少し距離のできたところからそれを捉えることができて、「なるほど、子供にはこういう世界があって、大人にはこういう世界があったんだ」って思えたんです。初めて「なんであのときわかってもらえなかったんだろう」っていう辛い思いが理解でき、心が温かくなって、自分の中にも“星の王子さま”はいたんだ、とわかった瞬間でした。

小見山:僕らの世代は小学校の教科書に載っていました。でも、そこには「うわばみの話」が抜粋されていたから、僕は最初『星の王子さま』は「うわばみが象を飲み込む話だ」とずっと思っていたんです。それから少し大人になって読み返して、王子さまがわがままなバラの気持ちがわからずにサヨナラをして旅に出る、まあ失恋の旅であることがわかった。王子さまはそのバラが唯一無二だと思っていたのに、実はそうじゃなかった。ありふれたお花だったということがわかるんです。そのときに彼は動揺するのですが、一方で「もしこのことをあのバラが知ったら……」と思って、バラの気持ちを鑑みるんですよ。つまりそれは人の気持ちを慮るというか、王子さまがそこで少し成長する、そういうお話しなんですよね。それと、そんな王子さまに出会った飛行士の物語でもある。自分が生きてきた過去、そしてこれからの未来について想うような話で、そう考えると「この話は結構深いじゃないか」ってなるわけです(笑)。もちろん最初に読んだ子供の頃には気づけていないと思いますが。

ーー改めて、『星の王子さま』から得た“学び”や“気づき”とは?

小川:時間の共有を重ねることで唯一無二の存在になること。『星の王子さま』は、“気づき”になる言葉が随所に出てくるんです。おそらくキツネがそこに大きく関わる存在ではあるのですが、「人間はどんなものにも絆を作れる」って言うんです。確かに物に対しても、人に対してもそうだと思うのですが、それはまさに私と『星の王子さま』に通じる言葉でした。数多くある児童文学の中から選び、時間をかけて読んだことで本作が私にとって大切な物語になった。そこに生まれた“絆”、それがまさに“気づき”でした。

小見山:今お話しいただいたキツネが語ることは有名ですよね。いろんな言葉で訳されていますが、「ほんとうにたいせつなことは、目に見えない」というセリフ然り。では、“ほんとう”とは、“いちばんたいせつなこと”とは何だろうとなるわけで、それって哲学的な問いじゃないですか。つまり、簡単にはその“たいせつなこと”の実態は掴めない、ということかもしれませんよね。先ほど今回の朗読劇の歌についてお話ししましたが、その中に「ほんとうのことって何だと思う?」ってリリックがあるんです。そのあと「目が覚めるってこと。涙が溢れるってこと。喉が渇くってこと」と続きます。つまりそれは、日常のことですよね。でも、そういう日常の中に実は“ほんとうのこと”や“たいせつなこと”が隠れているのかもしれない。最近は戦争を含めて世界が安定していない、みんな“ほんとうのこと”を求めているはずなのに、それが見えない時代でもあると感じています。日常で目が覚めて、喉が渇いて、お腹が空いて、ご飯を食べるということが大事なことのようにも感じます。毎回そう思うわけではありませんが、この話を読むたびに考えるんです。“ほんとうのこと”ってなんだろうって。

ーーちなみに、今回この『星の王子さま』朗読劇をリアル開催のみにこだわった理由を教えてください。

小川:あえて生だけにこだわったのは、もうひとりのプロデューサーと話し合いをして、「今は配信ばかりだけど原点に立ち返って、あえてやらない選択をしよう」ということになったんです。いまはグランドミュージカルを含めた演劇配信が身近になっています。だから、単純に配信疲れをしている人が多いのと、この作品は配信で観るものではないのかなと思って。若いときから演劇関係に関わってきた身としては、配信はとてもありがたいのですが、この作品はやはり体感していただきたいのと、一時期流行った“涙活”をしていただきたい気持ちがあります。

小見山:涙活!? そういうのがあるの?(笑)

小川:あるんです(笑)。みんなで集まって泣ける映画を観るとか。泣きすぎると疲れるけど、良い涙を流すと明日の活力になるんですよ。それって医学的にも証明されているみたいで。だから配信になるとスマートフォンの画面など、手元で見ることになる場合がありますが、こういう場所に来ていただき、肌で感じてもらいたい。南青山のこの交差点にまさかこんな劇場があるなんて、という驚きを感じてもらいたいんです。入り口から入って、奥に進むと円形の劇場が突如として現れる。「えっ、ここ劇場なの!?」という感動があると思います。そんなふうにこの劇場も愛していただき、足を運んでくださる方は絶対いると思っているので、配信はしない方向に決めました。

小見山:僕は演出の立場なので、もちろんいろいろな形で観ていただくことが嬉しいんだけど、同時にやはり生で、この空間で感じてもらえることができたら、それは一番嬉しいです。

ーー演劇の配信自体、コロナ禍でさらに増えたのでしょうか?

小川:そうですね。加速どころか、急激に始まった感じがあります。みなさん「恐らくいつかは」とか「あるといいな」と、心のどこかで思っていたと思うのですが、コロナ禍で一気に増えましたね。実は配信に対して、私はほとんどマイナスのイメージはないんですよ。余談にはなりますが、日本って諸外国に比べて演劇の市民権がすごく低いと思っています。海外、例えばブロードウェイだとみんなカジュアルな服で「じゃあ演劇を観に行こう」なんてふうに行くわけです。ところが日本で演劇となると、勝手にハードルが上がっていて。本当は日常に溶け込んでもいいようなエンタメなのに、そうじゃないことがもどかしくもありました。だから、そうやってカジュアルに観られること、エンタメを楽しむこと自体、どういうツールであってもいいと思うんです。そのことで、観客を底上げしていると思っているので。配信で観た人たちが「じゃあ生ってどうなんだろう」と疑問に思って、それがまた劇場に足を運ぶツールになるし、劇場に来た人が「これをもっと家でじっくり観たい」と思ったらライブ配信があるわけで。そういうふうに繋がっていけば、日本の演劇も回っていくと思うんです。あとは、私も小見山さんも東京で演劇をやっていますが、やはり都市部に集中しているので、そこの一強の打破にも繋がると感じています。

(左から)小見山佳典、小川仁美

ーー演劇業界に身を置いてきた小川さんだからこそ思う、業界の未来に期待したいことは何でしょう?

小川:もっとパッケージが増えればいいなと思っています。日本は圧倒的に少なくて、海外でとても人気があるものだと、例えば『マンマ・ミーア!』がありますが、あれはABBAの楽曲を使って作っているのでABBAのファンも観るし、ミュージカルファンも観るんです。そしたらもう少し音楽的なアーティストが「ミュージカルに楽曲をおろしてもいいんじゃないか」と思ってくれるはず。それが進むと、「ミュージカルってこうだよね!」という型にはまっていないものがどんどん増えると思います。もちろん今、それがいろんなところで進められていますが、そうなることでいろんな方に注目していただけるし、足を運んでくれるようになるんじゃないかなって思っています。

ーーそれは確かにそうですね。小見山さんは、本公演における“生だからこその魅力”は何だと思いますか?

小見山:劇場って独特な世界があるんです。日生劇場や帝国劇場のような大きな場所から小さな場所まで、どの劇場も魅力があるわけですが、このBAROOMは入口を開けると違う世界が広がっている感覚が強いです。決して大きな世界ではないけれど、“誘われる”というか、フラっと入って行きたくなるような場所だと思います。まさに、今回の『星の王子さま』をやらせていただくのに相応しい場所だと勝手に思っています。そして『星の王子さま』のストーリーラインとともに贈る楽曲にも注目していただきたい。ミュージカルとも違ったニュアンスで、歌もセリフの延長線上にあるんです。時にはささやき、時には語りかけるように、ダイアローグの中で音楽に変わっていくようにしています。それを楽しんでいただければ嬉しいです。

ーー以前演出されたNHKドラマの『音が生まれる』もそうですが、やはり音の演出へのこだわりを強く感じます。

小見山:あれは歌が生まれる、愛が生まれるお話ですね。それこそ僕はテレビドラマを随分やらせていただいてきたけれど、ラジオならではの音と音楽と、言葉の世界が好きなんです。今回も、ビジュアルはありながらも言葉と音楽だけで、いわゆる映像がモンタージュのように、積み重なっていくようなものとは違う世界を作ることができればいいなと思っています。でも、ラジオドラマであるような効果音を、今回は逆に使っていません。嵐の音も、足跡も、扉を閉める音もないけれど、その分言葉と音楽に特化して、そこに生きている息遣いを感じていただければと思います。

小川:小見山さんが演出する作品は、物語に歌とか曲が日常の中に入っているんですよね。それが最大の魅力だと思っています。「こういう会話の中にこういう曲が入っていて、情景が広がるんだ」というか。小見山さんの中にある日常の中の音って、オシャレであると同時に、違和感がないのがすごく良くて。今回も作曲の滝澤さんとコミュニケーションをとりながら作っていますが、実は音だけを聞くとミュージカルとは違うので、少しだけ寂しい気持ちもするんです。ただ、小見山さんの演出が入って、滝澤さんの演奏と皆さんの芝居が重なると、それらのピースがすごく綺麗にハマるんですよ。鳥肌が立つくらいで、こんな音楽朗読劇は観たことがないと思いました。そこが本当に魅力だと感じています。

小見山:そんなに褒めてくれたのでせっかくだから言いますが……(笑)。音楽はもちろん、楽曲としてそれだけで完成するものだと思います。ただ、僕は劇伴などストーリーの中で音楽が入ってくる場合、ダイアローグと音楽が合わさったときに、100点満点になればいいと考えているんです。どちらが何点かはわからないし、音楽だけ取り出すとスカスカかもしれない。でもそれはあえてそうしているのであって、言葉と音楽が合わさることによって完成することを意識しながら作りました。

ーー最後に、公演に足を運ぶ観客の皆さんにメッセージをお願いします。

小見山:星の王子さまは、バラとの関係を振り返って「愛した責任があるんだ」と言うんですよね。だからバラの元に帰ろうとする。その言葉ってなかなか言えないんですよね。だからそれを読んだとき、僕もありふれた花……人間であっても、誰かへの責任はあるのかもしれないなと思ったわけです。この物語をご覧になった後で、面白かったと思ってくれると嬉しいですが、星の王子さまがそうだったように、皆さんにも何かに気づいていただける、そんなステージになるといいなと思っています。

小川:劇場の力、小見山さん、いろんな方との時間の共有の中で生まれたものを、ぜひ皆さんに観ていただきたいです。きっと何か、心の豊かさや自分の周りに対する大切な思いを感じることができると思うし、日頃いろんな情報で疲れた人たちに響くと思います。大人からお子さんまで、いろんな方に足を運んでいただき、また頑張れる明日を迎えられるような作品と空間になっていますので、ぜひ。

■公演情報
音楽朗読劇『星の王子さま Le Petit Prince ~きみとぼく~』

・スケジュール
1月26日(木)~1月29日(日)
2月2日(木)~2月5日(日)
※各日14:00開演/19:00開演の2公演。
※開場時間は開演45分前。

・会場
BAROOM(東京都港区南青山6-10-12 1F)
https://baroom.tokyo/

・キャスト(王子×飛行士)
【1月26日(木)】小倉久寛×水夏希
【1月27日(金)】戸田恵子×植木豪
【1月28日(土)】吉本実憂×木戸大聖
【1月29日(日)】新谷ゆづみ×阿部よしつぐ
【2月2日(木)】島田歌穂×戸井勝海
【2月3日(金)】佐久間レイ×上原理生
【2月4日(土)】平野綾×須藤理彩
【2月5日(日)】彩乃かなみ×市毛良枝

・スタッフ
演出:小見山佳典
脚本・作詞:樋口ミユ
音楽・演奏:滝澤みのり
ヘアメイク:松元未絵
歌唱指導協力:堂ノ脇恭子
主催:株式会社フェイス
製作協力:株式会社アミューズ
協賛:森川健康堂株式会社

・チケット
HALL TICKET:8,500円(全席指定)
※未就学児入場不可。

カンフェティ:https://www.confetti-web.com/lepetitprince23/
Peatix:https://lepetitprince23.peatix.com

当日券
前売完売日を除き、各公演の開場1時間前より劇場入口にて販売

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