『アトムの童』山﨑賢人の雄弁が山を動かす 日曜劇場の定型を打ち破る作品に
12月11日に放送された『アトムの童』(TBS系)最終話では、どんでん返しの果てに当初の想像を超える展望が開けた。
SAGASの株主総会が開かれる。宮沢ファミリーオフィスによる買収工作が進む中、興津(オダギリジョー)は顧客データを不正使用したとして警察に任意同行を求められ、そのニュースは大々的に報道される。経営陣を刷新する議決を求める宮沢ファミリーオフィス社長の沙織(麻生祐未)に対して、那由他(山﨑賢人)は株主に説明の機会を求め、1時間の猶予が与えられることになった。わざわざ株主総会の日に合わせて興津を狙い撃ちにした事実から、SAGAS内部に裏切者がいると思われた。海(岸井ゆきの)は小山田(皆川猿時)が怪しいと考える。その頃、隼人(松下洸平)はある人物の元へと向かっていた。
興津がアトムの童を訪れた第7話ラストから、にわかに錯綜してきた本作の相関図。那由他と隼人は第1話以前の対立する関係に逆戻りし、那由他は宿敵・興津と手を組む。かたや隼人は宮沢ファミリーオフィスに肩入れし、大株主の伊原(山﨑努)の説得に動いた。2人のよりどころだったアトムの面々も当初こそ静観していたが、SAGASのクリエイターを見かねて那由他とともにゲーム開発に携わる。善と悪の単純な図式から一歩進み、相互に立ち位置を入れ替えながらも、そこにはゲーム業界の存亡という芯が1本通っていた。
さて、株主総会でSAGASが逆転するには、来場している株主全員の票が必要である。大勢が決したと決め込んでいる沙織と、自らのプレゼンでひっくり返そうとする那由他。両者の間に割って入ったのは隼人だった。隼人に連れられた伊原を目にして会場はどよめきに包まれる。隼人からマイクを受け取った伊原は、アトムロイドの技術をSAGASだけで独占することの是非を問いかける。技術の市場開放を訴える沙織に同調するような質問でもある。那由他は答える。「あなたとはたぶん30秒くらいで話すことがなくなってしまうと思う。生まれてきた時代や環境、何もかもがまるで共通することがないから」。那由他はゲームの世界の特質を伝える。ゲームの世界では同じ体験を即時に共有でき、パルクールのようにあらゆる壁を超えていけるのがゲームで、「生まれてきた環境や性別や年齢は関係なく、平等に交流し遊ぶことができます」。現実世界に存在する差異をゲームはリセットでき、「ゲームにこそ世界を変える力がある」と那由他は訴えた。
大株主の伊原がリアル参加したことは、委任状が撤回されたことを意味し、伊原がどちらに票を投じるかでSAGASの命運は決する。結果的に経営陣の刷新は見送られたが、隼人の目的も伊原に直接議決権を行使させることで、那由他のプレゼンを目の前で聞かせ、ゲームを見せれば必ず伝わるという確信があったのだろう。2人の“ジョン・ドゥ”那由他と隼人が当初と正反対の立場で対峙する様子はそれ自体ゲームのようであり、大事な局面での呼吸の一致は、裏に濃密なコミュニケーションの存在を感じさせた。