『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』リアーナが紡いだ“新しいテーマ”を考察
11月11日より公開中の『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022年)。前作『ブラックパンサー』(2018年)は、作品もさることながらケンドリック・ラマーがプロデュースしたサウンドトラックも高い評価を受けた。単なる有名アーティストのコンピレーションではなく、この映画が有するテーマにインスピレーションを受けて制作したアルバムだったからだ。
そして『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』にも、その精神性は引き継がれている。このシリーズは、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の中でも特にサウンド面のアプローチがテーマと密接にリンクしているのだ。というわけで本稿では、この大ヒット映画について音楽面から考察していきたい。
『ブラックパンサー』の監督を務めたのは、ライアン・クーグラー。白人警官による黒人射殺事件を題材にした『フルートベール駅で』(2013年)でその才能を世界に知らしめ、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)でヒットメイカーの仲間入りを果たした俊英だ。彼は期待に見事応え、アメコミ映画として初めてアカデミー賞作品賞にノミネート、興行収入も13億ドルを突破し、批評的にも商業的にも大きな成功を収めた。
小学生の頃から『ブラックパンサー』を愛読していた彼は、本作のテーマを「アフリカ人であることの意味の探求」と表現している。作品の舞台は、アフリカの小国ワカンダ。世界から隔絶されたこの国は、実はヴィブラニウムと呼ばれる鉱石の力によって、高度な科学技術を有していた。だがその真実を世界に伝えてしまうと、欧米列強に狙われてしまう。国王ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は自国の平和のため、事実の隠蔽を続ける。
そんなティ・チャラに真っ向から異を唱えるのが、キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)だ。彼は世界中で苦しむ黒人たちの救済を訴え、ヴィブラニウムを利用した武力行使を目論む。この二人の対立を軸にして、アフリカン・アメリカンの“民族の物語”が紡がれたのである。
オリジナルの主題歌を作りたいと思っていたライアン・クーグラーの頭に浮かんだのは、ケンドリック・ラマー。言わずと知れたキング・オブ・ヒップホップだ。クーグラーはケンドリック・ラマーの大ファンで、今後のプロジェクトでコラボレーションできる可能性について話し合ったこともあったという。(※1)
ヒントになったのは、2015年にリリースされた3rdアルバム『To Pimp A Butterfly』。彼は前年の2014年に南アフリカを訪れ、ヨハネスブルグやケープ・タウン、ネルソン・マンデラが18年間収監されていたロベン島などを見て回った。「旅に出るまでは、(アフリカが)自分にとって重要な場所になるとは思っていなかった」とケンドリック・ラマーは語る。(※1)
だがその経験は、大きなインスピレーションの源泉となった。前作『good kid, m.A.A.d city』で、犯罪都市コンプトンで生まれ育った自分をラップしてみせた彼は、『To Pimp A Butterfly』ではより広いテーマ……アフリカン・アメリカンとしてのアイデンティティーを語り始めたのである。それはまさに、ライアン・クーグラーが『ブラックパンサー』のテーマに掲げた「アフリカ人であることの意味の探求」と一致するものだった。
最初はトラックを数曲提供するだけだったものの、映画のラッシュを観たケンドリック・ラマーは、より大きなプロジェクトとして関わりたいと望むようになる。(※2)夏のツアーで多忙を極めていた時期だったが、プロデューサー&キュレーターとしてアルバム作りに奔走。SZA(シザ)、スウェイ・リー、ヴィンス・ステイプルズ、アンダーソン・パーク、ジェイムス・ブレイクといった多士済々なアーティストを召喚し、ケンドリック・ラマーによる汎アフリカ的宇宙を創り上げた。映画公開1週間前にリリースされた『Black Panther: The Album』はグラミー賞で7部門にノミネートされ、近年のサウンドトラックとして最も成功したアルバムの一つとなった。
そして、4年の時を経て製作された続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』。だがその道のりは、決して平坦ではなかった。ご存知の通り、主人公ティ・チャラを演じたチャドウィック・ボーズマンが、大腸癌のため43歳の若さで逝去してしまったのである。