『ジェラール・フィリップ 最後の冬』時代に先駆けた夭折のスター その新しさを再発見する

時代を呼吸する俳優、ジェラール・フィリップ

 時代の先を行く素顔の一方で、俳優としてのフィリップもまた繊細さ、あるいは美しさ、脆さ、ロマンチックと裏腹の乾き等々を身に染ませた“現代青年”像を体現してみせたのだ。40年代、50年代の銀幕に逞しいだけ、強いだけではない在り方を提示していたこと。俳優フィリップのそうした美質に気づいてみると、その主演作にも新しい眼で向き合うことが要求されてくるだろう。

 その意味で、今回の生誕100周年記念映画祭に並んだ主演作の中でも、個人的には監督イヴ・アレグレとのコンビ作の磁力に光を当ててみたいと思う。とりわけメランコリーとノワールの香りがじわじわと北の海辺の町の雨の夜(『モンパルナスの灯』の雨も素敵だが)、その暗さを奇妙に懐かしいものにする『美しき小さな浜辺』!

 追われる身の主人公、その過去を写すような孤児の少年、やはり暗い過去を思わせるホテルのメイド、不自由な体で全てを見通している老人。逃げ延びるより死を選ぶ主人公が少年に託した腕時計。その死の現場から走り出してきた少年のその後を無論、映画は描いたりはしないけれど、濡れ衣に泣くプロットを想像することは難しくない。

 そんな午後、ぽっかりと傘をさして海を眺める老プチブルカップル。その背中を見つめる一景からぐらぐらと不穏な心を映して後ずさりしてくるキャメラ(撮影監督アンリ・アルカン)が寒気にはらませる空しさの味。新しい波の看板役者ベルモンドの『冬の猿』と2本立てで見て誘惑的な映画の暗さにしびれたい。

 アレグレとのコンビ作として『狂熱の孤独』も見逃せない。サルトルの『チフス』をメキシコに舞台を移して翻案した一作で、フィリップは妻を死なせた罪の意識を背負って酔いどれる医師を快演する。

 一杯の酒のために誇りも何もかなぐり捨てて踊るその踊りの虚無の果ての卑小な滑稽さ、哀傷、壮絶な自棄をひょろりと長い体に染ませて歯止めのきかないゼンマイ仕掛けの人形然と動き続けるフィリップの演技の身体性に目をみはる。ここでもエンディング、些か安易なハッピーエンドとも見える最後のキスのその先に街を冒した疫病の影がほの見え死が匂いたつ。そんな幕切れを用意する監督への興味がまた募る。

 正直に言えば、ジェラール・フィリップの映画のそうしたすごさを今まで知らずに来た。つくづくそう思う。俳優としてもひとりの人としてもきちんと向き合ってみたいと思う。そう思わせてくれる記録映画と特集上映の主演作。ヌーヴェル・ヴァーグの前に存在したその輝きに、新しさに見惚れたい。

■公開情報
『ジェラール・フィリップ 最後の冬』
全国公開中
原作:ジェローム・ガルサン『ジェラール・フィリップ 最後の冬』(中央公論新社)
監督:パトリック・ジュディ
出演:ジェラール・フィリップ
吹替ナレーション:本木雅弘
配給:セテラ・インターナショナル
2022年/フランス/66分/パートカラー/ステレオ/ビスタ
©Temps noir 2022
公式サイト : https://www.cetera.co.jp/gerardphilipe/

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