阿部サダヲの存在感と演技力 『アイ・アム まきもと』が起こす“奇跡”に心癒される

『アイ・アム まきもと』に癒される

 しかし、市役所に合理化を進める新しい局長・小野口(坪倉由幸)がやってきて、非効率的な「おみおくり係」は廃止されることに。牧本は最後の仕事として、孤独死した老人・蕪木(宇崎竜童)の関係者を訪ね歩きはじめる。蕪木のかつての同僚・平光(松尾スズキ)、漁港で暮らす元恋人・みはる(宮沢りえ)と漁師たち、蕪木に命を救われた老人・槍田(國村隼)、河川敷の路上生活者たち、そして断絶していた娘の塔子(満島ひかり)。余談だが、宮沢りえが孫のいる役を演じていて、デビュー時から彼女を見ていた身としては少し感慨深くなってしまった。

 彼らのもとへ押しかけ、多少迷惑がられてもやや強引に、蕪木についての話を聞き出していく牧本。彼らの口から語られているのは、自分に正直に、そして他人のために生きた不器用な男の人生だった。観ている我々も牧本と一緒に、「孤独死した身寄りのない老人」というレッテルを貼られた無機質な存在が、実は血の通った多くの人とかかわりのある人間だったということを理解していく。やがて蕪木の人生を知った“変わりもの”の牧本自身にも変化が現れる。

 『アイ・アム まきもと』は柔らかな手ざわりのヒューマン・ドラマだが、誰にとっても他人事ではなくなった孤独死の現実を捉えつつ、人を人と思わずに合理化と効率化を進める現代社会の仕組みにNOを突きつけている作品でもある。その根底にあるのは、主人公・牧本の徹底した「利他の精神」であり、まっすぐに人の死を思う心にある。逆に言えば、牧本のようなイノセントさを持つ“変わりもの”でなければ、孤独死した人の死を悼むような非効率的なことは現代社会で許されないのだろう。

 この作品を支えているのは、何をおいても阿部サダヲの存在感と演技力である。世の中の常識から外れていて、はた迷惑なのに、おかしみがあって、愛らしい。悲しい出来事があっても、なんだか暗くなりすぎない。どこか“天使”にも見える牧本を今演じられるのは、やっぱり阿部サダヲだけだと思う。

 阿部サダヲと水田伸夫監督は、初主演だった映画『舞妓Haaaan!!!』(2007年)、『なくもんか』(2009年)、『謝罪の王様』(2014年)と続いて4度目のタッグ。これまでは宮藤官九郎脚本によるエキセントリックさをはらんだコメディーだったが、ウベルト・パゾリーニ監督『おみおくりの作法』(2015年)が原作、『鎌塚氏』シリーズで知られる倉持裕脚本による本作はオフビートなムードのドラマに仕上がっている。なお、水田監督は阿部サダヲも出演した坂元裕二脚本のドラマ『anone』(2018年/日本テレビ系)の演出も務めていた。このドラマで阿部サダヲが演じた小心でイノセントな男・持本舵は、牧本壮にどこか重なる部分がある。

 牧本がコツコツと積み重ねてきた行動が報われるクライマックスと、思いもよらない出来事、そしてラストに起こる“ある奇跡”が観る者の心を癒してくれる。『アイ・アム まきもと』は今こそ観ておくべき作品だと思う。観終わった後、確実に心の何かが変わっているはずだ。

■公開情報
『アイ・アム まきもと』
9月30日(金)全国公開
出演:阿部サダヲ、満島ひかり、宇崎竜童、松下洸平、でんでん、松尾スズキ、坪倉由幸(我が家)、宮沢りえ、國村隼
監督:水田伸生
脚本:倉持裕
原作:ウルベルト・パゾリーニ “STILL LIFE”
製作総指揮:ウィリアム・アイアトン、中沢敏明
制作:セディックインターナショナル、ドラゴンフライ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
製作:映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
©︎2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

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