木俣冬『ネットと朝ドラ』「まえがき」を特別公開 “朝ドラ3.0”に寄せて

2017年以降の作品の属性

『ひよっこ』

 時代設定:昭和。昭和の高度成長期の4年間を描く。主人公・みね子(有村架純)は洋食店で働く平凡な人物。争いを好まず、その場を笑ってやり過ごしてしまうような子。心の中でやや毒を吐くこともあるが、自分のことより他人を優先してしまうお人好しだ。相手役(磯村勇斗)も、勤勉な善人で、ヒロインと同じく平凡だ。これまでの朝ドラだったら、初恋の御曹司(竹内涼真)と反対を押し切って結ばれて、嫁ぎ先で苦労してという波乱万丈なドラマが描かれそうなところ、それを回避した。

『わろてんか』

 時代設定:明治から昭和。主人公・てん(葵わかな)は京都の薬種問屋のお嬢様で、女ながら寄席を経営するも、自我は強くない。ひたすら夫ファースト。夫・藤吉(松坂桃李)は朝ドラ名物ダメ男がアップデートされ、飲む・打つ・買うというようなハメを外すこともなく、ドラマの中盤で亡くなり、幽霊として度々てんの前に現れる。

『半分、青い。』

 時代設定:昭和から平成。主人公・鈴愛(永野芽郁)は片耳失調というハンディキャップをもっているが決して自身を悲劇のヒロインにはしない。猛然と孤高の戦いを挑んでいく。漫画家、100円ショップ店員、扇風機の発明、シングルマザーと様々な経験を経て、中年になってからようやくソウルメイトであり幼馴染の律(佐藤健)と結ばれる。

『まんぷく』

 時代設定:昭和。主人公・福子(安藤サクラ)は専業主婦として夫・萬平(長谷川博己)に尽くす。このドラマで注目したいのは、器量がよろしくない設定であることをわざわざ描いていることだ。第1回でホテルに就職し「器量よしは表(フロント業務)へ、そうでないのは裏方へ(電話交換手)」と知り「え? あたし、器量悪いん?」とはじめて認識する。そのこと自体をコンプレックスにすることはない。ヒロイン=「美しい」「かわいい」でない、ルッキズムへの配慮が感じられる。

『なつぞら』

 時代設定:昭和。主人公・なつ(広瀬すず)は戦争孤児。だからかわいそうという考え方とは無縁に生きている。育ての祖父(草刈正雄)からは「無理して笑わなくていい」と言われて愛想笑いを一切しない。ヒロイン=愛嬌がいい。健気。というようなイメージから離れている。

『スカーレット』

 時代設定:昭和。主人公・喜美子(戸田恵梨香)は夫(松下洸平)と一児をもうけながらも離婚し陶芸の道に邁進する。朝ドラでは主人公が住む場所を転々とすることが多いが、喜美子は結婚後も生まれ育った家にずっと住んでいる(高校卒業後一度だけ大阪で生活したが戻って来た)ことが特徴的だ。

『エール』

 時代設定:明治から昭和。主人公は男性の裕一(窪田正孝)モデルは稀代のヒットメーカー・古関裕而でいわゆる大河的偉人。裕一は音楽と出会うまでは吃音で引っ込み思案だった。成人してからも内向的で繊細な人物として描かれた。戦時中は戦時歌謡を作るが、戦後はそのことに責任を感じる。

『おちょやん』

 時代設定:大正から昭和。主人公・千代(杉咲花)は松竹新喜劇で活躍した俳優・浪花千栄子をモチーフにして描かれた、バイタリティのある人物。父にも夫にも捨てられるが、捨てられたのではなく自分で捨てたという観点で辛抱強く生きていく。

『おかえりモネ』

 時代設定:平成から令和。主人公・百音(清原果耶)は東日本大震災以降、自己肯定感が低くなり、無力感に苛まれている。「私、なにもできなかった」という悔恨を乗り越えて、いま、できることを探そうとする。

『カムカムエヴリバディ』

 時代設定:大正から令和。主人公は3人。娘を残して消息不明になる安子(上白石萌音)、額に傷をもち家庭を持つこと幸せになることに消極的なるい(深津絵里)、何をしていいかわからない、7年つきあった恋人に振られるひなた(川栄李奈)と従来のヒロインとは趣を異にするB面的なヒロインたちである。

 『ひよっこ』から『カムカムエヴリバディ』まで舞台になった時代は様々だ。主人公の生まれも明治、大正、昭和、平成とばらばらである。『モネ』と『カムカム』では物語が令和まで描かれ、そのためコロナ禍を思わせるマスク着用姿も登場するなど、時代を記録するかのような描写は過去の朝ドラを踏襲している。だが、かつてのように、主人公が、その時代の先端を行くような職業を目指し、高みに上っていき、視聴者がそれに憧れるような、ロールモデルになりえるようなムードは朝ドラからなくなりかかっている。

 筆者は以前、「『べっぴんさん』『ひよっこ』『わろてんか』2017年の朝ドラヒロインは脱・元気」という記事を書いたことがある。3作のヒロインはハツラツと動いた頼しゃべったりしない。彼女たちは、理不尽で悲しい状況に、力で対抗もしない、やわらかな身振りで状況に馴染んでいく。その傾向は2017年以降も顕著になっていった。そうなった理由は2011年の東日本大震災、2020年から続くコロナ禍、それによる経済の縮小などを日本人が経験してきたこともあるだろう。

 時代を象徴する職業や生き方の先端を行く主人公の輝く姿よりもこの時代にどう折り合いをつけて生きていくか悩む者、あるいは、先頭に立つ人たちの脇にひっそり生きている者に共感を覚えるようになったのか、男性優位の社会の下、女性がもっと社会に積極的に出て先頭に立って輝いていきたいというようなテーマがすっかりなりを潜めていく。逆に、物静かで内向的で先頭に立たず、裏方的な人物が主人公となる。だが彼ら、彼女らの立ち位置が恵まれていないとネガティブに解釈する必要もない。彼らは悲しいわけでも、負けたわけでもない。だからこそどんなときでも笑うように頑張らなくてもいい、無理に笑わなくてもいい。自分の尊厳を大切に、自分らしく生きるという目線になっていく。

 そうなったとき、主人公の属性はどこかくっきりした輪郭のない、淡いものになっていく。その分、周囲の登場人物の個性が際立って群像劇化していく。例えば、『モネ』では長い年月、シェアハウスの一室にこもっている宇田川さんという人物(声を一回発したのみ)が出てきたり、『カムカム』では二代目ヒロイン(深津絵里)の夫(オダギリジョー)が原因不明の病気で何も仕事をしないまま20年経過したのち、ようやく一歩を踏み出したり、何かをするまでに長い時間を経てもいいことを描くことも増えてきた。

 『スカーレット』は生家に手を入れながらずっと暮らしている。朝ドラでもよく描かれてきたやどかりのように住む場所を変え、仕事を変え、徐々に生活を豊かにしていくような人生プランがすべてではないのだ。

 「がんばれ」と言う言葉をかけられると辛くなる人がいるという。がんばれば報われる。元気に前を向いて。そんなことが空疎に響くほど、人生に疲れ、途方に暮れてしまったら、どうしたらいいのだろうか。朝ドラヒロインの条件と言われていた「明るく、元気に、さわやか」でなくてもいい、「何かを成し遂げる」ことがなくてもいい。朝ドラ全体にそういう空気が支配しているように感じるのが、2017年以降である。

 こうなると、ともすれば物語まで内省的で小さくまとまりかねない。それはそれで魅力的だが、国民的番組という立場上、多くの視聴者の支持も得なくてはならないだろう。その分、構成に工夫が凝らされていくのが2017年以降である。

※続きは『ネットと朝ドラ』にて

■書籍情報
『ネットと朝ドラ』
著者:木俣 冬
発売日:2022年9月12日
仕様:四六判ソフトカバー/376ページ
定価:2,750円(本体2,500円+税)
出版社:株式会社blueprint
発売元:blueprint book store、全国の書店・ネット書店
blueprint book store:https://blueprintbookstore.com/

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