劇団ひとりが描き続ける“人情”の形とは? 監督・脚本作『無言館』に至るまで
「劇団ひとり」という名前を聴いて、どういう姿を思い浮かべるだろうか?
最も多いのはバラエティ番組でのタレントとしての姿だろうか。1人の出演者としてだけでなく、司会を務めることも多い。最近では、2020年東京オリンピック開会式の映像出演で記憶している人も多いだろう。
出自は芸人。最初は、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)の1コーナー「お笑い甲子園」にお笑いコンビ「バーテックス」として出演したことから、そのキャリアは始まった。その後、お笑いコンビ「スープレックス」を経て、2000年、ピン芸人「劇団ひとり」に。彼のネタの特徴は、特定のキャラクターになりきること。彼が“団員”と呼ぶ茨城のヤンキー「山岡春樹」やジャニーズJr.志望の中年男性「満田丹五郎」、老人ホームで営業するマジシャン「ミラクル羽山」など、今となっては時代の経過を感じるような個性的な人物像(名前が無いキャラクターも存在する)になりきったネタは、今観ても十分に面白いので、ぜひ動画を探してみて欲しい。一方で、中国人の「ウォン・チューレン」や「北八先生」、謎のインド人「ペペ」なども含め、その表現に外国人や特定の人に対する差別的な視線が無いとも言えず、現在、劇団ひとりがネタをやらなくなった一因ともなっているかもしれない。
こうした特定の人になりきるネタや、得意の泣き芸での間違いない演技力が評価されてか、俳優としては、『Stand Up!!』(TBS系/2003年)での橘ひろみ役以降、『電車男』(フジテレビ系/2005年)、NHK連続テレビ小説『純情きらり』(2006年)、NHK大河ドラマ『花燃ゆ』(2015年)、『西郷どん』(2018年)などの話題作に出演してきたほか、『永沢君』(TBS系/2013年)では、“永沢君”役として主演も務めている。
他にも、小説家、脚本家、映画監督など数多くの肩書を持つ劇団ひとり。近い経歴の芸人として真っ先に浮かぶのは、劇団ひとり自身が多大なる影響を受けたと公言しているビートたけし(北野武)だろう。そして、俳優や脚本家、映画監督として活躍するバカリズムだろうか。“芸人で小説家”というとピース・又吉直樹が思い浮かぶが、又吉が短編小説『夕暮れひとりぼっち』でデビューしたのが2010年であることを考えると、劇団ひとりの小説デビュー作で映画化もされた『陰日向に咲く』(幻冬舎)は2006年と早い。
こうした肩書きの中でも、筆者が最も評価するのが脚本家・映画監督としての劇団ひとりである。これまで劇団ひとりが制作スタッフとして関わった映像作品としては、原作のみで『陰日向に咲く』(2008年)、原作・監督・脚本で『青天の霹靂』(2014年)、脚本のみで『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』(2016年)、演出のみで『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系/2019年)、そして監督・脚本でビートたけしの同名原作を映画化した『浅草キッド』(2021年)を手掛けてきた。
原作がある人気アニメシリーズ作品の『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』、そして、演出のみの『べしゃり暮らし』を除くと、残る『陰日向に咲く』『青天の霹靂』『浅草キッド』の共通点が見えてくる。
それは、全ての作品の舞台の一つが「昭和の浅草」であること。そして「舞台芸人」が主要登場人物として描かれることである。
『陰日向に咲く』では、昭和40年代の浅草のストリップ劇場で漫才をする鳴子(宮﨑あおい)と雷太(伊藤淳史)というお笑いコンビが、『青天の霹靂』では、昭和48年の浅草の演芸場でマジックをする轟正太郎(劇団ひとり)と花村悦子(柴咲コウ)というマジシャンコンビが、そして、『浅草キッド』では、昭和40年代の浅草フランス座で漫才をするビートたけし(柳楽優弥)とビートきよし(土屋伸之)のツービート、そして、その師匠のコメディアンであり舞台俳優の深見千三郎(大泉洋)、ストリッパーの千春(門脇麦)らが、物語の重要な登場人物として描かれてきた。
ちなみに、劇団ひとりによる12年ぶりの書き下ろし小説のタイトルは『浅草ルンタッタ』(幻冬舎)。小説の舞台は浅草六区で、浅草オペラ好きの孤児が登場人物の1人として描かれるそうだ。
ここまで一貫して、作中で描く時代と登場人物を固定し続ける作家も非常に珍しいだろう。