NHKがエンタメ界に投じた一石 脚本開発プロジェクトWDRの狙いをプロデューサーに聞く

 NHKが立ち上げたWDR(Writers' Development Room)プロジェクトは、ドラマの脚本開発スキームそのものを刷新しようとする、とてもユニークな試みだ。

 応募者の中から最大10人のメンバーが選抜され、それぞれがオリジナル企画とそのパイロット脚本(シリーズドラマの第1話)を執筆する。構想段階から他のメンバーとブレスト会議を繰り返して、お互いに物語の内容を共有してアイデアを提供することで、作品のクオリティを高めていく。

 このプロジェクトのディレクターはNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』などの演出を担当している保坂慶太。2019年にUCLA(カルフォルニア大学ロサンゼルス校)でシリーズドラマの脚本執筆コースを履修・終了した保坂は、海外ドラマでは定着している複数の脚本家が共同執筆する「ライターズルーム」という仕組みを日本のテレビドラマに本格的に取り入れようとしている。

 また、WDRは募集要項も独特で、学歴、年齢は不問のうえ「ドラマ業界ですでに仕事をされている方はもちろん、漫画・コント・小説・演劇・映画・アニメ・ゲームなどの分野で物語を作ってきた方、あるいは経験はなくても物語を作ることを生業にしたい方」と書かれている。

 応募に必要な課題脚本は最長で15ページのオリジナル脚本で、募集期間は2022年の7月31日までと、とても短い。

 「連続したページであれば、物語の始まりでも途中でも構いません。完結する必要もありません」という注意書きも独特で、一般的なドラマ脚本のコンクールとは全く違う試みだということが文面から伝わってくる。

 リアルサウンド映画部では保坂慶太にインタビューをおこなった。保坂と共にWDRプロジェクトをすすめる上田明子プロデューサーにも同席いただき、WDRを立ち上げた理由や日本のテレビドラマが抱える課題などについて話を伺っている。

 WDRという新しい試みは日本のテレビドラマに何をもたらすのか?(成馬零一)

“チーム”で脚本を作る意義

――WDRを立ち上げた目的について教えてください。

保坂慶太(以下、保坂):配信ドラマが国内でも話題となっている中、海外の作品と戦っていくにはどうすればいいのかと考えた時に、これまでの作り方とは違う新しいチャレンジをしていかないと発展はないと思ったのが出発点です。

――その時に気になったのが脚本ですか?

保坂:海外ドラマとの比較でいうとよく映像面に目が行きがちで、スケールの大きさとかリッチさが羨ましかったりするのですが、そこで勝負すると予算面でどうしようもない壁にぶつかると思うんです。対して脚本は基本的にはパソコンさえあればあとはアイディアの勝負になるので、一番可能性があると思ったんです。何より、脚本は物語を作る上で一番大事な要素なので、まずは脚本の作り方を新しくしていきたいと思いました。

――このプロジェクトではどのような能力を脚本家に求めているのでしょうか?

保坂:オリジナル作品を求めているので、台詞、構成力、キャラクターですかね。大きくわけるとこの3つに分類されると思います。

――WDRのホームページに書かれた開発までのフローを見て、今までとは違うドラマ脚本開発の方法を構築することが目的なのかと感じました。

保坂:仰る通り、新しいスキームを作りたいというのもありますし、チームを作る過程でまだ世間に注目されていない才能を発掘したいという気持ちもあります。

――日本のテレビドラマは一人の脚本家が全話書くという仕組みが発展しており、作家性の強い作品も多く書かれています。その一方で完成度にばらつきが多く、破綻した作品も多い。チームで書くことで脚本の完成度を高めることはできると思うのですが、複数の手が入ることでオリジナリティがなくなるのではないかという懸念もあります。

保坂:オリジナリティが必要だというのは大前提です。今回は最大10名を選抜させていただくのですが、それぞれに自分の企画で脚本を書いてもらいます。強度を高めるためにブレスト会議をしますが、提供されたアイディアの取捨選択の最終決定者は脚本を書いている方になります。ですので、その方のオリジナリティは守れると考えています。

――海外ドラマのノウハウを活かしつつ日本のドラマの良さをどう残すかが、課題となっていくのかもしれませんね。

保坂:そうですね。どうハイブリッドすれば視聴者に満足してもらえるかは、トライ&エラーが必要になってくると思っています。

――三谷幸喜さんのような作家がいる状況は特殊だと思うんです。ただ、一人で書ける作家性の強い脚本家が出てくる状況は野木亜紀子さんがヤングシナリオ大賞を受賞した2010年ぐらいまではかろうじて成立していましたが、現在は新人が中々出てこれない状況があり、それがシーン全体の停滞感につながっていると感じています。

保坂: 他局の状況や歴史について詳しい訳ではないので分からないのですが、個人的に思っているのは、結局、夢が見られない場所には人が集まらないと思うんですよ。例えば、お笑いはM-1グランプリで無名の芸人さんがダークホースとして現れ話題をかっさらい、一気に注目されるということが起こる。対して脚本は賞を取ってもそこまでの脚光を浴びるものは現状ないのではないかと。

――フジテレビヤングシナリオ大賞がはじまった80年代後半だと坂元裕二さんや野島伸司さんのようなデビューしたての若手脚本家に連ドラを全話任せるという状況がありました。だからこそ若い人がたくさん集まってきて、新人が頭角を表す場所としてドラマ脚本が機能していたのですが、そういう場所が今はなくなりつつあります。

保坂:コンテンツが増えて、各ジャンルでストーリーテラーの争奪戦が起きているからこそ、こちらから積極的に才能を発掘するアクションを起こさないといけません。小説や漫画に比べると、テレビドラマはアウトプットの機会が少ないのでそもそもデビューしにくいですし、放送されるものでないと一般的には脚本料が支払われないので、インセンティブが低い。ちなみに今回WDRに選ばれた方には、放送が決まっていない段階でも執筆やブレスト会議に出席してもらう分、ギャランティをお支払いします。これも新しい試みの一環として考えています。

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