『モノノ怪』は15年経っても色褪せない 唯一無二の映像美と“薬売り”というキャラクター
5月10日、突如稼働を始めたとあるアカウントのツイートにTwitterが湧いた。
綴じた襖の日本画風のイラスト。特徴的な、もってまわった言い回し。その時点ではまだ、アカウント名もIDも意味が明確でなかったが、察しのいいファンはすでに興奮に包まれていた。「『モノノ怪』だ」、「薬売りさんだ」と。かくして5月13日、そのアカウントは全貌を表すとともに、6月18日に十五周年記念祭を開催することを発表したのだった。
TVシリーズのアニメ『モノノ怪』が放送されたのは2007年。そこから15年の時を経てなお愛され、待望されている『モノノ怪』の魅力はなんなのか。十五周年祭に向けてのおさらいとして、そしてこれから作品に触れる方向けの予習として、『モノノ怪』の世界を紐解いていきたい。
『モノノ怪』のそもそもの始まりは、2006年にノイタミナで放送されたオムニバス形式のアニメ『怪 〜ayakashi〜』内の1エピソードとして放送された「化猫」だ。近世日本を舞台にした和風ホラーであり、謎の薬売りを主軸に展開する独自の世界観で話題となった。そこから単独作品として制作されたのが、『モノノ怪』だ。
『モノノ怪』というアニメーションの特異さは、見始めればすぐにわかるだろう。全編に和紙のテクスチャーを使い、各エピソードで浮世絵や屏風絵、クリムトなどをモチーフに取り入れるなど、独特な美術の世界にまず引き込まれる。
また、アニメというと動きが滑らかであること、立体的で臨場感があることがクオリティの高さとして評価されがちだが、『モノノ怪』はその逆をゆく。陰影をほとんど排することであえて立体感をなくし、2D感を強調するような画面。動きの滑らかさを追求するのではなく、逆に静止画を多用しコマ送り的な動かし方をすることで生み出す、息の詰まるような緊迫感とインパクトのある緩急。
これらの独自の映像美が、15年を経て数多くのアニメーションが生まれた現在においても色褪せることのない、唯一無二の存在感を放っている。
また、『モノノ怪』の強いアイコンとなっているのが「薬売り」というキャラクターだ。
白い肌に尖った耳、顔には隈取りのような化粧を施した美丈夫。薬売りを自称するが、その実態は不明。本名や素性も明かされることはない。そんな謎めいた薬売りは、モノノ怪のいる場所に神出鬼没に現れる。薬売りは、時にモノノ怪との「距離」を測る天秤や開眼するお札を使い、時に言葉巧みに人心を誘導しながら、モノノ怪の秘密――形(かたち)、真(まこと)、理(ことわり)を明らかにし、そして「退魔の剣」で斬っては去っていく――。こうして簡単に書き並べてみただけでも、個性豊かな人物像が見えてくる。また、その薬売りの声についても注目したい。薬売りの喋り方は独特だ。
「カット毎に言葉を置いてくれ、もっと関心がなく、独り言でいい等々、これまで経験してきたアニメーション収録のセオリーに当てはまらないオーダーに少々戸惑いました」(※)
声をあてている櫻井孝宏自身が十五周年記念サイトに寄せているコメントのとおり、薬売りの喋り方は抑揚がなく、訥々として、もの静か。映像と同じく「間」が重視されており、文節ごとに区切るような喋り方は、次に何を語るのだろうと固唾をのむような緊張感を生む。口数は多くなく、だが一言一言が印象深い。そんな薬売りの口上を、代表作にどの作品を上げるべきか迷うほど数多くの作品に幅広い役柄で出演してきた櫻井孝宏が体現する。端正でいて存在感のある声を持つ櫻井だからこその、ミステリアスな薬売りの魅力が十二分に引き出されている。