『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』にみるサム・ライミの作家性

 ライミらしさは、ショットだけではなくキャラクターの扱いや描写にも見られる。特に、先述の『ギフト』は、強い霊感によってヴィジョンを見て人を占う未亡人アニーの物語となっているのだが、その不思議なパワーは勝手に授かったものだった。つまり、自ら望んで手に入れたわけではない力を持っているせいで、酷い目に遭う話として『ドクター・ストレンジMoM』のワンダに通じる部分がある。ワンダも、元はと言えばヒドラの人体実験に志願したとはいえ、それで授かった力がこんなふうになるなんて、当時は思ってもいなかっただろう。

 『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』で本格登場した際にも、自ら意図せずに(ウルトロンに仕向けられて)“悪役”となってしまった彼女。今回、『ワンダヴィジョン』で生み出した自分の子供を守るために手段を選ばなくなってしまうわけだが、『ギフト』の主人公も夫を亡くし、残された3人の子供を女手ひとつで育てている。殺人事件の重要参考人になり、脅かされる子供たちの命を守るために戦う母の物語という点も含め、やはりアニーとワンダの共通項は多いように感じる。

 ちなみに、アニーがその能力(ギフト)を使う際、彼女の目のクロースアップが映りながらそのヴィジョンが背景に流れるように映像で表現されている。そして、この映像表現はまさに『ドクター・ストレンジMoM』でワンダが「ダークホールド」の魔術を使う際にも使われているのだ。

もう一人の自分との戦いと、愛する人と結ばれない(?)男たち

 さて、そんなワンダが最後、もう一人の自分に子供を愛する気持ちを唯一理解・肯定されて涙を流すシーンの悲壮感は凄まじいのだったが、ワンダだけが今回もう一人の自分と対峙したわけではない。ストレンジもまた、「ダークホールド」の虜になり第三の目をもつ自分と戦うことになる。この、もう一人の自分との戦いというのは、『死霊のはらわたII』で鏡の中にいたもう一人の自分に首を絞められるアッシュ、そして続編『キャプテン・スーパーマーケット』での、“良いアッシュと悪いアッシュ”に重なる。ちなみに、このときの“音符バトル”の馬鹿馬鹿しさも、ライミ味溢れんばかりだ。

 ストレンジとアッシュ、というよりライミ映画に登場する男性主人公には一つの共通点があると思っていて、それは「愛する者と一緒になれない運命」だ。『ドクター・ストレンジMoM』は、かつての恋人クリスティーンが誰かと結婚してしまうところから始まる。その後、アース838のクリスティーンとも良い感じになるが、アース618のストレンジは彼女とは一緒になることができなかった。『ホワット イフ…?』でも取り沙汰された、ストレンジが如何にクリスティーンと結ばれたいかという強い思いは、今回の映画に登場する“悪いストレンジ”を見てもわかるようになっている。

 『死霊のはらわた』シリーズのアッシュも、基本的に恋人は悪霊に憑依されるので自分の手で殺さなければならない運命にある。『キャプテン・スーパーマーケット』では、良い感じになっていた乙女が憑依から生還するも、アッシュは元いた自分の時代に戻らなければいけないため、やはり結ばれない。これはまさに、別のユニバースのクリスティーンとストレンジが結ばれないことと同じなのだ。『スパイダーマン』のピーター・パーカーも、紆余曲折してやっと一緒になれたと思ったMJと、結局微妙な感じになってしまう(『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で、ようやく彼らなりの関係が掴めたと言っていたけれど……)。そういえば『スパイダーマン3』も、邪悪なものに取り憑かれた自分と、善なる自分の戦いを描いた作品でもあった。

 ライミが『スパイダーマン』を手掛ける大きなきっかけともなった監督作『ダークマン』も、リーアム・ニーソン演じる主人公が悪者によって顔面を直視できないほど破壊され、結婚の話があがっていた恋人(フランシス・マクドーマンド)と一緒になる未来を諦めて、ダークマンとして生きることを決める。先述の『スペル』でも、クリスティンと結婚を考えていた献身的なスパダリことクレイ(ジャスティン・ロング)が最後、最愛の人を悪魔によって地獄に引きずられてしまう。女性が酷い目に遭うのもライミ映画あるあるだが、男が愛する人と結ばれないというのも、あるあるなのかもしれない。

ブルース・キャンベルという男

 さて、ライミ映画を語る上で欠かせない男、それがブルース・キャンベルである。『死霊のはらわた』シリーズのアッシュ役として大ブレイクした彼は、『ドクター・ストレンジMoM』にアース838のニューヨークでピザボールを売る男としてカメオ出演している。ライミとキャンベルの親交は高校時代からのもので、彼はいくつものライミ映画に登場している。マイナー路線だったアメコミ映画の命運を大きく変えた『スパイダーマン』シリーズも例外ではない。

 第1作目では、ピーターが参加したアマチュアレスリングの司会者に扮している。しかも、ピーターが試合前に伝えていた名前「クモ人間(ヒューマンスパイダー)」を無視して、キャンベルが勝手につけた名前が「スパイダーマン」であることも、ライミと彼の親交を振り返ると、胸にグッとくるものがある。ライミは彼を自分の映画の主演にする姿勢を貫こうとしていたものの、『ダークマン』でスタジオから却下され、その後キャンベルの知名度的にキャスティングが難しくなったのだ。そこでライミは、キャンベルを自分の映画にカメオ出演させていくことにする。『スパイダーマン2』ではMJの劇場の支配人、『スパイダーマン3』では高級フレンチレストランのマネージャーとして登場した。

 『ドクター・ストレンジMoM』では、自分の手が自分の顔を殴り続ける魔法をストレンジにかけられてしまう。自分の手に攻撃されるのは、『死霊のはらわたII』でもお馴染みのギャグである。

 どこまでもやはり、『死霊のはらわた』を感じさせる『ドクター・ストレンジMoM』であるが、最後に作品のペースの速さについても言及しておきたい。『死霊のはらわたII』は主人公のアッシュが悪霊に憑依された恋人と戦い、殺し、埋め、自分も憑依され、正気を取り戻すまでのシーンを、映画が始まって9分で済ませる。こんな濃い9分があるのかというくらい物凄いスピードでいろんなことが起きるのだが、『ドクター・ストレンジMoM』もまた、スピーディな展開が特徴的だった。実際、最近のMCU映画にしては上映時間が短かった(2時間6分)。しかし、Colliderのインタビューで、ライミは元の映画の尺が2時間40分ほどあったと明かしている。しかも、新型コロナウイルスによる公開延期などを受けて撮り直しも多かったそうだ。

 最終的に彼の編集者であるボブ・ムラウスキーとティア・ノーランが編集したが、製作陣はとにかくマーベル・スタジオから“最良になるまで”何度も何度も詰められていたらしい。ライミといえば、大作の監督に抜擢されるようになるも、スタジオ側からファイナルカット権を貰えない不遇な経験が目立つ(『スペル』が『死霊のはらわた』以来の、ファイナルカット権を持っていた映画らしい)。なので、もしかしたら今作もマーベル側の意向が反映されて、あのような形に落ち着いたのかもしれない。とはいえ、もともとライミは「撮りたいものを撮る」ことを一番にしており、『キャプテン・スーパーマーケット』でも何となく持たせたドラマパート(アッシュと乙女の恋愛シーン)をのちに振り返って「なくてもよかった」と語っている。それが退屈であることを、彼は自分自身で理解していた。だから結局、あのペースの速さも含めて、ライミらしいといえばライミらしいのだ。

 彼は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観て、あらゆる可能性がひらけたことから、今は『スパイダーマン4』の制作に非常に前向き。『ダークマン』の続編の話もあがっており、今後の彼の監督作を期待して待ちたい。

参照

https://thedirect.com/article/doctor-strange-2-sequel-final-cut
https://thedirect.com/article/doctor-strange-2-cuts-edit
「Bloody And Groovy Baby! A Tribute to Sam Raimi's Evil Dead 2」 (2018年)
「Eli Roth's History Of Horror series」(タランティーノ出演回)

■公開情報
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
全国公開中 
監督:サム・ライミ
製作:ケヴィン・ファイギ
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ベネディクト・ウォン、レイチェル・マクアダムス、キウェテル・イジョフォー、ソーチー・ゴメス
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)Marvel Studios 2022

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