視聴者を混乱させた『ムーンナイト』 実験的な内容をどう理解すべきか(ネタバレあり)

 ディズニープラスで配信されるマーベル・スタジオのドラマシリーズも、すでに5作目。今回実写映像化されたのは、エジプトの神話をモチーフとしたヒーロー作品『ムーンナイト』だ。古代エジプトの月の神「コンス」に与えられた力を駆使して戦うヒーロー「ムーンナイト」を、『スター・ウォーズ』続3部作のオスカー・アイザックが演じている。

 しかし、本シリーズは衝撃的な展開によって、視聴者を混乱の渦に巻き込み、不安のなかに突き落とすような内容を含んでいる。ここでは、そんな『ムーンナイト』の内容を振り返り、そのような展開をどのように理解すればよいのかを考察していきたい。

 本シリーズの特徴は、主役となるヒーローが多重人格障害であること。これまでにもハルクのように性格が豹変するヒーローは登場していたが、ムーンナイトことスティーヴン・グラント/マーク・スペクターは、契約によってコンスの力を得る以前より、明確にそれぞれの人格で人生を送っている存在であり、ムーンナイトに変身する場合も、スーツの形態が異なり、戦い方も変わるのだ。

 スティーヴン/マーク以外にも、地球上には古代エジプトの神々と契約した「アバター」と呼ばれる人間たちがいる。神々それぞれの異なる考え方からくる確執は、アバター同士の代理的な戦いに発展し、スティーヴン/マークは命を狙われる熾烈な戦いに巻き込まれていく。

 大きな見どころは、オスカー・アイザックの演技力だ。彼は博物館に勤める気の弱い男スティーヴンと、アグレッシブな性格の元傭兵マークという人格を、たとえセリフがない瞬間であっても、立居振る舞いだけで見事に演じ分けている。さらに、それぞれの人格による身体の主導権争いや、それぞれの変身形態による協力体制など、一人の身体から複雑な展開や緊張感が生み出されるところが面白い点だ。

 シリーズ監督の一人であるモハメド・ディアブをはじめ、音楽を担当したヘシャム・ナジ、そしてメイ・キャラマウィ、アントニア・サリブ、サマ・ムバラク、ソフィア・ダヌなど、多くのエジプトにルーツを持つ俳優たちが出演しているのも特徴で、エジプトを題材にする意義を強めるとともに、文化的に妥当な表現を目指していることが分かる。

 ディアブ監督は、中東の文化圏にあるエジプトが保守的な社会だという、外側からのイメージを打破するため、メイ・キャラマウィに精神的にも肉体的にも強い女性キャラクターを演じさせ、『ワンダーウーマン』のような見せ方で彼女を活躍させてもいる。一方で、本作でムーンナイトを追いつめるヴィラン(悪役)、アーサーを演じるイーサン・ホークは、オスカー・アイザックがたまたまカフェで出会った際に、出演を持ちかけたのだという。

 遺跡発掘の謎にまつわるサスペンスや、古代の秘宝をめぐるアクションは、『インディ・ジョーンズ』シリーズを想起させる娯楽的な内容に落とし込まれているので、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のなかで、新たな楽しみを提供する一作となっているともいえよう。

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