意識的に避けられてきた“ストーリー”を破格の予算で描く AppleTV+『パチンコ』の試み
『クレイジー・リッチ!』(2018年)、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)、『フェアウェル』(2019年)、『ミナリ』(2020年)、『イカゲーム』(2021年)、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)などなど、中国、韓国、日本を含めた東アジアの作品や、その地域にルーツを持つ人々を描いた作品が、近年アメリカでも注目され、さまざまな賞を受賞している。これまで注意を向けてこられなかった人々の「ストーリー」が、いま脚光を浴びているのである。
ここで取り上げる、Apple TV+配信の『Pachinko パチンコ』は、ニューヨーク・タイムズ紙をはじめとする、70を超えるベストリストに名を連ね、オバマ元大統領の推薦図書ともなった、アメリカ在住の韓国系の作家ミン・ジン・リーによる同名小説を、アメリカでドラマ化したシリーズだ。その内容は、韓国の釜山から日本の大阪に移住した女性から始まる、一族の数世代にわたる物語が歴史的なスケールで描かれていくというもの。エンターテインメントの題材として、日本では比較的避けられてきた傾向があるといえる在日コリアンの歴史に、アメリカの人々が、いま興味を持っているのだ。
本シリーズが注目されているのは、1シーズンにつき1億ドル以上と言われる製作費がかけられた超大作であるということ。『ゲーム・オブ・スローンズ』の1シーズンの予算を上回ると説明すれば、その破格の規模が理解できるだろう。カナダの撮影現場に組んだ大規模なセットで、日本に占領されていた時代の釜山の水産市場や、同じ時代の大阪の姿を詳細に再現するという、狂気を感じるほどの情熱で、在日コリアンの生きる世界を表現。毎回のオープニング映像の舞台ともなっている、80年代のパチンコ店の内装は、日本から昔の機種を複数取り寄せ、当時の雰囲気そのままの姿をつくりあげている。
『ミナリ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョンが演じている主人公が、老年期の在日コリアンの女性ソンジャだ。日本人によるコリアン差別のより激しい時代、彼女は日本の植民地となった祖国から意を決して日本に根を下ろした在日一世である。
韓国系アメリカ人のジン・ハ、日本から南果歩、ニュージーランド出身の澤井杏奈など、アジアにルーツを持つ国際的な出演者が揃い、『ブルー・バイユー』(2021年)のジャスティン・チョン監督と、『コロンバス』(2017年)のコゴナダ監督が指揮する、さまざまなアジア系が集まった国際色豊かな現場で、さまざまな言語が飛び交う台本によって撮影が進むため、俳優によっては自身の得意な言語以外のイントネーションがうまく表現できてない場合もある。
そのなかで、ユン・ヨジョンの日本語による演技は驚くほど自然で素晴らしく、名優の風格を見せている。ちなみに彼女は、日本による占領時代に軍が日本語を教育した、いわゆる「日本語世代」の、少し下の年代として生まれている。日本メディアへのインタビューでは、本人が「少しできる」と言う日本語を披露している。
さて1980年代、ソンジャの孫であるソロモン(ジン・ハ)は、新天地アメリカから、仕事で日本に帰ってくる。彼は土地の買収のために、在日コリアンである地権者の世代に近いソンジャに協力を頼む。あるときソロモンは、協力してくれている祖母に対して「俺は苦労して出世したんだ」と愚痴ってしまう。そうするとソンジャは、「自分が苦労したと思っているのか」と切り返すのだった。彼女はあらゆる苦労を経験しながら、生まれ育った祖国と、移住先の日本、二つの世界を生きてきたのだ。
そんなソンジャの若かりし日を、あどけなさの残る印象で演じているのが、本作で世界的なブレイクを果たしたキム・ミンハである。可憐な彼女が、強い意志を振り絞って艱難辛苦を乗り越えていく姿には、心揺さぶられるものがある。その若い時代のソンジャと恋仲となり、運命を狂わせるのが、イ・ミンホ(『花より男子〜Boys Over Flowers』)が演じる、ハンサムな在日コリアンの実業家ハンスだ。誠実さを欠く彼は、ソンジャを愛人として囲おうとする。
ユン・ヨジョンが演じる老年時代のソンジャは、そんな男との過去の決別を振り返り、「自分を二つに割っては生きられない」と、静かにソロモンに語って聞かせる。その言葉は、日陰のなかで生きていくことはできないという、一人の女性としての強い決意の表明であるとともに、移民として祖国を後にしなければならなかった在日一世の悲しみが表現されているようにも思えるのだ。
在日コリアンの二世、三世以降の世代は、日本でいわれのない差別を受ける場合があるとともに、祖国でも同胞とみなされない場合もある。その運命を半ば受け入れながら、自分や子孫たちの居場所の起点を作っていくことが、一世の生き方の重要な一部であった。その後、在日コリアンの経営者の割合が多いという、あまり清廉とはいえない業態「パチンコ」に活路を見出したのは、その試行錯誤の一端だったのではないか。とはいえ、その血の滲むような苦労が、下の世代には重圧に感じられることもある。それは他の国における移民にも共通する体験といえよう。
釜山にて、妻にする気もなくソンジャを誘惑したハンスは、本シリーズの憎まれ役ではあるが、意外にも第7章では、若い頃の彼を主人公に、そんな彼をかたちづくってしまった、凄絶なバックストーリーが描かれる。この必見の章では、横浜を舞台に、ハンスが関東大震災を必死に生き延びていく姿が描かれていく。
在日コリアンである彼が、関東大震災の被害に遭うということの“意味”が分かるだろうか。そう、彼は日本で最も凄惨な事件の一つである、「朝鮮人虐殺事件」の脅威にさらされることになる。震災直後の関東一円では、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」、「朝鮮人が暴動を起こした」などの根拠の無いデマが蔓延し、何もしていない在日コリアンや中国人などが自警団によって大勢虐殺されたのである。
朝鮮人あまた殺され
その血百里の間に連なれり
われ怒りて視る、何の慘虐ぞ
当時、詩人の萩原朔太郎は、このデマによる虐殺事件の光景を目の当たりにした怒りを、このように表現している。もちろん、事件を目撃して語り伝えたのは萩原ばかりではない。