味方良介、新内眞衣らによる春の風物詩 『新・熱海殺人事件』で交差するフィジカルな言葉

 さて、この個性豊かな座組を束ねるのが、木村伝兵衛役への5度目の挑戦となった座長の味方良介だ。チャイコフスキーの「白鳥の湖」の爆音とともに上がる緞帳、そしてその先には黒電話を片手にがなり立てている木村伝兵衛の姿。『熱海殺人事件』において“お決まり”であるオープニングのこの時点でもう、筆者は感極まってしまった。数年前に初めて味方の存在を知り、その虜になってしまってからというもの、“木村伝兵衛=味方良介”の姿を見ることができなければ本当の春は迎えられないとさえ思っているほど。

 しかしもちろん、本番はここからだ。会場全体に鋭く響く彼の第一声から、私たち観客は捜査室へと引きずり込まれる。膨大な量のセリフをマシンガンのように放ち、その声で、その腕のたった一振りで、彼は場を支配するのだ。味方の優雅でアクロバティックな身のこなしと鼻濁音まで美しい発声には、出会うたびに泣かされる。俳優の演技を見るーーただそれだけで涙を流してしまうことというのは、そうあるものではない。得難い経験なのだ。

 そんなさすがの安定感で座組を牽引する味方だが、いくら5度目とはいえ、『熱海殺人事件』も木村伝兵衛役も、決して“慣れ”で演じられるようなものではないはず。同じ戯曲を扱ってはいるものの、共演者が変われば座組のカラーも変わり、作品ごとにそのときどきの時事ネタも盛り込まれる。今回でいえば、この夏に舞台化される『ハリー・ポッター』のネタが長尺で展開し、世間を騒がせているさまざまな小ネタが散見された。作品の根幹をなす者としての強固な軸だけでなく、これらすべてに応える柔軟性が求められるのだ。場の支配力、統率力、そして、たとえ他の俳優がミスをしてもカバーできる高い適応力。ドラマ『DCU』(TBS系)の最終話にチラリと姿を見せていたことも記憶に新しく、映像のフィールドにも徐々に進出している味方良介だが、彼こそ真の“主役の器”を持つ俳優なのだと再認識させられた。5度目でも、その鮮度は抜群である。

 先に述べているように、劇中にはテレビやネットで散見される時事ネタがしばしば登場する。『熱海殺人事件』は差別的なセリフも多いが、それはこの“人間の尊厳に関する物語”の中で皮肉や逆説的な言葉として機能しているものだ。テレビでもネットでも人間の尊厳を傷つけるような言葉が氾濫しているが、それらが本作にみられるような言葉の機能を有していないことは劇中で浮き彫りになる。リアルライブ空間での板の上における言葉の交差は非常にフィジカルなものであり、空間をともにしてこそ響いてくるものがある。本作は来年で初演から50周年となるが、まだまだ上演の機会は必要とされるだろう。

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