『カムカムエヴリバディ』が問うた“朝ドラの役割” 1日15分の物語は人生の手助けに
「好きなんじゃ。1日15分だけのこの時間が。たった15分。半年であれだけ喜びも悲しみもあるんじゃから、何十年も生きとりゃあ、色々あって当たりめえじゃが」
“朝ドラフリーク”の雪衣(多岐川裕美)がしみじみと語ったこの台詞に胸を熱くした朝ドラファンは多いのではないだろうか。そしてこの台詞は『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)という作品の本懐を言い表しているようにも思える。
1925年、ラジオ放送が開始した日に安子(上白石萌音)が誕生して「安子編」が始まる。1962年、「連続テレビ小説」第1作『娘と私』の最終回が放送された日に「るい編」が始まる。つまりヒロインの交代と同時に、主力メディアがラジオからテレビへとバトンタッチされる様子が映し出されたというわけだ。
「るい編」開始以来、「朝ドラ」は何度となくこのドラマに登場し、時代の移り変わりを映しながら、ときにドラマ本編とシンクロしていた(しないときもあった)。「ラジオ英語講座と、あんこと野球とジャズと時代劇」という、番組制作発表の段階から伝えられるキーワードの少し後ろに隠れつつ、実は「朝ドラ」も『カムカム』の“名バイプレイヤー”として「いい仕事」をしていたのだ。
第39話、千吉(段田安則)の葬儀の朝に、雪衣(岡田結実)が食い入るように観ていた『娘と私』(1961〜1962年)の最終回は、主人公の娘が自らのルーツを探しに渡仏するというラストで、のちにるい(深津絵里)が母を探しに渡米するエピソードとリンクしているように思える。
ひなた(新津ちせ)がビリー(幸本澄樹)に恋して英語を勉強すると奮起するも1週間で挫折する第69話。るいに小言を言われたひなたが「しょうもない口ごたえ」をする横で流れていた『雲のじゅうたん』(1976年)は、日本初の女性飛行士がヒロイン。女性の社会進出への気運が高まりつつあった時代に沿って、この作品を皮切りに「お仕事ドラマ」「初の女性パイオニア」を扱う朝ドラが増え始めた。
第71話で、ひなた(川栄李奈)の18歳の誕生日に放送を開始した『おしん』(1983〜1984年)。その第1話を観て「これは名作になる気ぃするなあ」と言った錠一郎(オダギリジョー)はかなりの朝ドラ見巧者と見受ける。思えば『おしん』は、年老いたおしんが自分のルーツを振り返る旅に出るところから物語が始まる。それに興味を持った“孫”(血はつながらない)が旅に同行するのだが、この2人の関係性が安子とひなたのそれを思わせる。バブル前夜の1983年に登場した『おしん』は「豊かな時代」へのカウンターだった。おしんの“孫”の圭はひなたの2つ歳上。ひなたや圭が抱える「やりたいことや目標が見つからない」という若者の悩みも、この時代ならではだ。
ところで、おしんの夫・竜三は「働き者の妻の稼ぎに助けられるモラトリアム期」があるという点で錠一郎の境遇と重なるが、面子や体裁を気にしてすぐに不貞腐れる竜三を見て、「いつも穏やかで上機嫌」を貫いていた錠一郎は何を思ったのか、ぜひ聞いてみたいところだ。
ひなたが愛する時代劇が斜陽の一途をたどるのと反比例するように台頭してきたのがトレンディドラマだ。第91話、子どもたちが成長して2人でゆっくり朝食をとるようになったるいと錠一郎が観ているのは『ひらり』(1992〜1993年)。脚本を内館牧子、主題歌をDREAMS COME TRUEが担当し、朝ドラにもトレンディドラマの香りがする作品が登場した。
母・安子との関係に向き合う決心をしたるいと歩調を合わせるように、もう一度音楽と向き合い、一からピアノを勉強しようと決意した錠一郎。それをトミー(早乙女太一)に告げようという第98話、彼が万感胸に迫る表情でオープニングを見つめていた朝ドラは『ぴあの』(1994年)だった。誰にも、人生の節目で観ていた朝ドラというものがある。