『妻、小学生になる。』中井芳彦Pが語る、奇跡が起きた舞台裏 鑑賞後のじんわりを目指して
10年前に他界した最愛の妻が帰ってきた、10歳の小学生になって――。一見すると突拍子もないドラマに感じられるが、そこから見えてくるのは“愛する人を失っても進み続けなければならない”現実を生きる私たちの物語だ。
金曜ドラマ『妻、小学生になる。』(TBS系)が、3月25日についに最終回を迎える。妻の新島貴恵(石田ゆり子)が、なぜ小学生の白石万理華(毎田暖乃)に憑依する形で戻ってきてくれたのか。その意味を考えた主人公の圭介(堤真一)と娘の麻衣(蒔田彩珠)は、10年間できなかった前を向いて歩いていく決意を固める。しかし、まだ成仏できない貴恵の魂。そこへ今度は万理華が自分の意思で手を差し伸べるのだった。果たして、ラストにどんな奇跡を見ることができるのだろうか。
そんな期待と、新島家や白石家との別れが近づく寂しさが入り交じる中、本作のプロデューサーである中井芳彦氏に話を聞くことができた。温かくも切ないホームドラマを描くことになった背景、「まさか」の連続が実現したキャスティング……と、リアルな奇跡が起きた舞台裏について語ってもらった。(佐藤結衣)
「家族こそサスペンス」ホームドラマを描きたかった理由
――『妻、小学生になる。』は同名漫画が原作ですね。どういった形で実写ドラマ化しようと考えられたのでしょうか?
中井芳彦プロデューサー(以下、中井):私の中で、いつか家族をテーマにしたドラマを手掛けたいという思いがあったんですけど、なかなかそのアイデアを掴みかねているときに、偶然SNSを通じて『妻、小学生になる。』の漫画を見つけました。ちょうど『凪のお暇』(TBS系)をオンエアしているころでしたね。
――「いつか家族をテーマにしたドラマを」という思いには、何かきっかけがあったのでしょうか?
中井:『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)などホームドラマを手掛けてきた、石井ふく子さんという大先輩と編成部にいたときにお話したことがあって、そのときに「家族こそサスペンス」という言葉が印象に残っていたんです。それまで家族って「仲が良くて隣にいることが当たり前で……」と思っていたんですけど、家族って「近くにいるけどやっぱり他人で、どこかわからない部分があって……」と実はすごくサスペンスの存在になる、という考え方は非常に面白いな、と。
――なるほど。「家族」「ホーム」という言葉には、ほのぼのとしたイメージがありますが、誰よりも心乱される可能性のある存在ですもんね。では、漫画原作を実写ドラマ化するという点でのこだわりはありますか?
中井:主演を務めてくださった堤さんともお話したことで「原作はすごく面白かったけど、それを自分がやる意味はなんだ」と、考えていらっしゃって。私も、そのまま原作をなぞるような形ではあまりドラマ化する意味が見い出せないなと思っていました。そこでプロデューサー諸先輩方の原作もののドラマ化する番組をいくつか経験してさまざまな現場で学んだのが「同じタイトルだけど、ちょっと違う世界」であることでした。原作の持つ面白さに加えて、生身の人間が演じることで見せていくことができる感情の揺さぶりをオリジナルで作る必要があると思いました。なので、漫画原作をドラマ化する上では、原作のファンの方にも愛してもらえるキャラクターを盛り込みながら、生身の人間が生きる「もう一つの世界」として描くことを意識しています。特に本作は、原作もまだ連載している上に、全10話で完結していく必要がありました。なので、作者の村田椰融さんに「オリジナルのエンディングでもいいですか?」とお聞きしたところ、ありがたいことに「それはもうぜひ」とおっしゃってくださったので、原作サイドとドラマ制作陣との方向性が一致したのはすごく幸運でした。ただ、本作を実写化するに当たって最もハードルが高いなと思ったのは、やはり白石万理華を誰が演じるか、という問題でした。
逸材・毎田暖乃をはじめとした、奇跡的なキャスティング
――万理華役を演じた毎田暖乃さんはオーディションで選ばれたんですか?
中井:そうです。万理華役を探す上で、まず決定していた麻衣役の蒔田彩珠さんより身長の低い人がいいなと考えました。“外見は小さな女の子なのに、中身はお母さん”というチグハグな見え方が、母さんとして娘に化粧をしてあげるシーンがより印象的に描けるのではないかと思って。なので、蒔田さんよりも小柄な方なら、まずは年齢を問わずにオーデイションでお会いしました。それこそ中学生とか20代の方まで。ただ大人っぽくて演技の上手い子役の方もたくさんいらっしゃったんですが、この役は子どもながらの無邪気さを持ちながら「あ、本当に大人の人が入っているんだな」と思えるような表情も出せるかが重要だったので、なかなか理想的な方にお会いできず。そんな中、毎田さんの存在を知りまして。毎田さんは関西にお住まいなので「東京の仕事はやらないです」と言われていたのですが、どうしても諦めきれず一度お話してオーディションだけでも受けていただきたいとお願いしたところ、もう「この人しかいない」と(笑)。本人に「この作品なんですけど」と原作漫画をお渡しして、どうにかお受けしてもらえないかと祈っていたところ「ぜひやってみたい」というお返事をいただくことができました。こんなにハマる方がいるなんて、と今でも信じられない思いですね。
――オンエアのたびに、毎田さんの演技は大きな話題になりました。堤さんのインタビューでは現場に石田ゆり子さんが出番のないときにもいらっしゃっていたとお聞きしたのですが、それは制作サイドからのアイデアだったのでしょうか?
中井:いえ、石田さんご本人から「もしお邪魔じゃなければ立ち会いたい」とおっしゃっていただいたことでした。こちらとしてはそんなこと考えてもいなかったので、とてもありがたい提案で。とはいえ、石田さんから毎田さんに直接演技の話をするわけではなく、本当にたわいもない話をしながら、そっとお芝居をご覧になられている感じです。逆に毎田さんも出番がないときであっても石田さんのお芝居を見に来ていて。毎田さんが意識的に石田さんを真似ているわけではなく、本当に2人で貴恵という人格を作っているような不思議な感じでした。
――まさに憑依という形だったのですね。石田さんを貴恵役に、と思われたのは?
中井:企画した当初に、太陽のように家族を照らす素敵な笑顔のお母さんであると同時に、画面に映って5秒くらい見たときに「でも、この人亡くなってしまっているんだよな」って切ない気持ちにもなるような存在感がある方を……と考えたときに、石田さんのあの明るい笑顔が思い浮かんでオファーしました。これまで一度もお仕事をご一緒したこともなかったし、お母さん役を受けてくださるのかもわからなかったんですが、お受けいただいて。「まさか」という気持ちでした。
――堤さんとのコンビネーションも、すごく微笑ましいですね。
中井:「まさか」という点では、堤さんも同じで。かつて堤さんが主演された映画『クライマーズ・ハイ』がすごく好きで、堤さんが出演された番組のADをさせていただいたこともあったので、いつかお仕事をご一緒できたらと思っていました。『妻、小学生になる。』をドラマ化しようと思ったとき、真っ先に「堤さんで見てみたい」とご連絡させていただきました。「まさか受けていただけるとは」と嬉しかったですね。本当に理想的なキャスティングという奇跡が起きました。