『進撃の巨人』は世界の摂理が描かれているからこそ名作に 増加する“内と外”の二項対立
内と外に分けてしまう世界の摂理
私たちが生きる現実社会も、本作のように、多層的な「内と外」に分かれてしまっている。だが、内側をどんどん拡げていけば、いつか「内と外」の分断は消滅するかもしれない。しかし問題は、内側を拡大していく論理は、他の「内側」からすれば「外側」からの脅威でしかない点だ。
江戸時代、日本という単位で「仲間」を捉える人はほとんどいなかった。それよりも小さい「内側」である藩の単位で人々は生きていた。西欧列強の脅威から守るために明治政府は藩を廃止し、日本全体を内側だと認識させる体制を目指した。
その後、大日本帝国は、「内側」を日本以外に広げる大東亜共栄圏を構想し、実現のために動き出す。しかし、それはアジア各国にとっては「外側」からの侵略でしかない。
「内と外」に分けるから争いが生まれる。内側をどんどん広げて「外側」をなくせば争いは消える。しかし、「内側」を広げること自体が、他の「内側」からすると「外側」からの脅威になる。だから争うしかなくなる。
全ての戦争は防衛戦争であると言った政治家がかつていたが、拡大戦略の侵略戦争であっても、口実は内側を守るためだと説明されるのはそのためだ。プーチンですら防衛を口にしている。おそらく、プーチン的には本気でロシアを西側諸国の脅威から守っているつもりなのだろう。
だが、実際問題私たちは、どれくらい広い範囲を「仲間(内)」だと心から思えるのだろうか。社会学者の宮台真司氏は『進撃の巨人という神話』で進化心理学者ロビン・ダンバーの「人は150人以上を仲間とは感じないとしてゲノム由来のダンバー数」という概念を紹介している。人間はどうがんばっても、150人くらいしか内側の仲間だとは思えないというのだ。ならば、人間社会には常に「内と外」があり続け、それゆえに争いがなくならないことになる。
もしかしたら、人間はそのような、争いを止められない種族なのかもしれない。争わず平和にまとまるためにはどうすればいいのか。宮台氏は同著で「いつも敵がいるという事実が、社会の全体性を高める」と書いている。内側を平和にするには外に敵が必要だということだ。
ということは、人類が一つになれる可能性があるとすれば、それは人類全体にとっての脅威が訪れた時だろう。例えば、「地ならし」の発動のような。
実際、つい先日まで殺し合っていたアルミンたちとライナーたちが手を組めたのは、エレンが双方にとっての脅威となったからである。本作には、このような世界の摂理が溢れているのだ。
人はなぜその残酷な世界で生きるのか
『進撃の巨人』は、人が争うことを止められないことを描く。大変に残酷な世界観である。そしてその世界観は、残念ながら的を射ている。私たちの生きる世の中では、「内と外」の対立はますます増加している。富裕層とそれ以外、保守と保守以外、リベラルとリベラル以外、日本とそれ以外etc...…。あるいは、自分とそれ以外という極端な「内と外」に分断されている人もいるだろう。
そんな争いだらけの世界は、生きるに値するのだろうか。『進撃の巨人』はそれでも生きるに値すると言う。アルミンが海で見つけた貝殻の美しさ、エレンがミカサに巻いたマフラーの温かさ、3人でかけっこした時の楽しさ。そういうほんのちょっとした素晴らしいものもまた、この残酷な世界の一部なのだ。
人は争うことを止められない。しかし、美しいものに感動することも止めない。だから、人は生きていけるのだ。世界の残酷さと同じ強靭さでその美しさを描くからこそ、『進撃の巨人』は名作なのだ。
■放送・配信情報
TVアニメ『進撃の巨人 The Final Season Part 2』
NHK総合にて、毎週日曜24:05〜放送
キャスト:梶裕貴、石川由依、井上麻里奈、下野紘、三上枝織、谷山紀章、細谷佳正、朴ロ美、神谷浩史、子安武人、花江夏樹、佐倉綾音、沼倉愛美、増田俊樹、松風雅也
原作:諫山創(別冊少年マガジン/講談社)
監督:林祐一郎
シリーズ構成:瀬古浩司
キャラクターデザイン:岸 友洋
総作画監督:新沼大祐 / 秋田学
演出チーフ:宍戸淳
エフェクト作画監督:酒井智史、古俣太一
色彩設計:大西慈
美術監督:根本邦明
画面設計:淡輪雄介
3DCG監督:奥納基、池田昴
撮影監督:浅川茂輝
編集:吉武将人
音響監督:三間雅文
音楽:KOHTA YAMAMOTO、澤野弘之
音響効果:山谷尚人(サウンドボックス)
音響制作:テクノサウンド
アニメーションプロデューサー:川越 恒
制作:MAPPA
(c)諫山創・講談社/「進撃の巨人」The Final Season製作委員会
公式サイト:https://shingeki.tv/final/
公式Twitter:@anime_shingeki
■書籍情報
『進撃の巨人という神話』
著者:宮台真司、斎藤環、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、後藤護、しげる
発売日:3月4日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
予約はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6204e94abc44dc16373ee691
■目次
イントロダクション
宮台真司 │『進撃の巨人』は物語ではなく神話である
斎藤 環 │ 高度に発達した厨二病はドストエフスキーと区別が付かない
藤本由香里 │ ヒューマニズムの外へ
島田一志│笑う巨人はなぜ怖い
成馬零一 │ 巨人に対して抱くアンビバレントな感情の正体
鈴木涼美 │ 最もファンタスティックなのは何か
後藤 護 │ 水晶の官能、貝殻の記憶
しげる │立体機動装置というハッタリと近代兵器というリアル
特別付録 │ 渡邉大輔×杉本穂高×倉田雅弘 『進撃の巨人』座談会