『ドライブ・マイ・カー』オスカー躍進5つの理由 世界の映画業界の時流と世相を反映

 2月8日に発表された、第94回アカデミー賞のノミネーション。日本映画として初の作品賞ノミネートとなった『ドライブ・マイ・カー』のオスカーキャンペーン戦略と、数々のサプライズとsnub(冷遇)があった理由を考察してみたい。賞レースとは、全ての作品の素晴らしさは大前提として、作品そのもの以外の様々な要因が複雑に重なり決まるもの。そのアウトカムを予想することは、映画を取り巻く時代背景を読むことにもつながる。

1. ダイバーシティ、インクルージョンの流れに合致

 今年のアカデミー賞作品賞候補は10作品になることがあらかじめ発表されていた。実際に投票用紙(オンラインだが)を前にすると、「1本くらい外国語映画を入れるか」という思いが脳裏をかすめるものだ。これは、“多様性・包摂性を意識したアカデミー賞”のロビイング活動が成功しているため。アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミー(AMPAS)は2020年に、2025年開催の第96回より、性別・人種・性的嗜好・障がいなど、社会的にマイノリティと位置付けられている人々やテーマを取り込んだ作品に、作品賞ノミネート資格を与えると発表、2025年までの前段階にも包摂性・多様性を問うチェックリストの提出が求められている(参考:ベルリン映画祭は女優賞・男優賞廃止、アカデミー賞は新ルール導入 ハリウッドの多様性と包摂性)。

 2012年に行われたLAタイムズの調査(※1)で、当時のアカデミー会員5765名のうち94%が白人で77%が男性、平均年齢は62歳、黒人はわずか2%という結果が出た。以来、AMPASは多様性と包摂性を高めるために新規会員を積極的に増やしてきた。現在1万人弱の会員のうち、約4000名は2012年以降に加入した新メンバーで、2021年加入の新規会員の46%が女性、39%が人種的マイノリティ、そして53%がアメリカ国外から選ばれている。

 AMPASの刷新はノミネーションや受賞結果に如実に現れている。2019年の第91回では全編スペイン語とメキシコ先住民の言葉が使用されている『ROMA/ローマ』(アルフォンソ・キュアロン監督)が作品賞有力候補となり、2020年の第92回では韓国語による『パラサイト 半地下の家族』が作品賞・国際長編映画賞を受賞し、ポン・ジュノ監督は監督賞・脚本賞も手にしている。2021年の第93回では俳優部門候補の20人中9人が有色人種、監督賞に2人の女性監督がノミネートされた。その結果、中国系移民の女性監督、クロエ・ジャオの『ノマドランド』が作品賞と監督賞を受賞している。2021年7月の第74回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞、世界各国の映画祭や批評家協会賞での受賞を積み上げてきた『ドライブ・マイ・カー』は、日本語以外にも多言語演劇や手話が物語に組み込まれ、英語圏の作品が並ぶ作品賞候補作品群に追加する“インクルージョン枠”にうってつけの作品だった。

 もはやアカデミー賞はアメリカの映画業界が選ぶローカル賞ではなく、世界中からアメリカ市場に持ち込まれる映画の中から受賞作品を選ぶ機会になっている。この流れは、映画館で上映される映画の時代から、ストリーミングによって世界中の国々に同時配信される映画の台頭とも連動している。

2. シネフィルを味方につけた配給・プロモーション戦略

 『ドライブ・マイ・カー』の北米配給は、Janus FilmsのSideshowという新しい劇場配給用レーベル。Janus Filmsはヨーロッパの映像作家による作品や古典的名作のソフトを販売するThe Criterion Collectionと専門ストリーミングのCriterion Channelの姉妹会社で、黒澤明や小津安二郎、イングマール・ベルイマン、フェデリコ・フェリーニなどのカタログ作品の名画座や特集上映の権利を扱っている。Janus /Sideshowは、インディペンデント作品の配給会社IFCフィルムズで『天国の口、終りの楽園。』(2001年、アルフォンソ・キュアロン監督)や『6歳のボクが、大人になるまで。』(2014年、リチャード・リンクレイター監督)などの配給を成功裏に収めた元幹部が立ち上げたレーベルで、『ドライブ・マイ・カー』は同レーベル初の劇場配給作品。劇場ブッキングからパブリシティ担当まで敏腕人材を集め、MOMA(NY近代美術館)の映画サークルやLAのアメリカン・シネマテークなどシネフィルが集う場所から作品の周知を広げていったという。また、これらの目利きの観客に受け入れられるためには、瞬時に広がるストリーミング配信ではなく、厳選された劇場で長く上映し支持基盤を培う方法が適切だとした配給戦略が功を奏している。ちなみに、11月24日にNYとLAの2館で封切られた『ドライブ・マイ・カー』は、2月22日時点で最大の全米213館で公開中だが、Criterionが作品供給を行っているHBO Maxにて3月2日から配信開始となる。(※2)

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