犯罪者の視点から監禁を描くハードなサスペンス 『マヤの秘密』は観客の内面を揺るがす
アメリカの都市の郊外に広がる静かな住宅地に住み、夫と子どもと幸せに暮らしている主婦・マヤ。その隠された秘密が暴かれることになる映画『マヤの秘密』……何やらいろいろな興味をそそられてしまうタイトルだが、本作の内容は、生死を握る緊迫の事態が展開するハードなサスペンスである。マヤを演じているのは、本国スウェーデン版『ミレニアム』シリーズで主演を務め、ハリウッド作品でも存在感を示す、“サスペンスの女王”ことノオミ・ラパスだ。
衝撃的なのは、この主人公マヤが、ある男を襲って誘拐・監禁するという展開である。彼女は、自宅の地下室に男を閉じ込め、精神と肉体を痛めつけ弱らせていくのである。いったい、平凡な主婦であるはずのマヤは、何のためにそんな恐ろしいことをするのだろうか。
本作の舞台となる時代は、1950年代。第二次大戦が終結し、アメリカの大都市の郊外に、芝生の庭のある住宅が多く建てられ、生活水準に人々の心が向いていった頃である。両親と子どもたちが食卓を囲む“幸せな家族”像が盛んにポスターに描かれ、それを眺める市民の多くがこぞって、一戸建てや自家用車、家電製品などの高価な商品を買い求めることで、広告の中で笑い合っている“豊かな中流層”であろうとしていた。
アメリカ人の医師で心優しい夫・ルイス(クリス・メッシーナ)がヨーロッパで従軍していたときに知り合い、彼の妻としてアメリカに渡ってきたマヤもまた、やがて生まれた幼い息子とともに、いまは幸せなアメリカの“幸せな一家”の主婦として日々を送っている。しかし、マヤはそんな平穏な日常を、自ら破ることになる。家の近所で一人の男を目にした瞬間から彼女の様子は一変し、密かに男の尾行を始めるのだった。そして人通りのない道で男の頭を殴打、“幸せの象徴”たる自家用車のトランクに男をつめ込んで、連れ去ってしまう。これは紛れもない凶悪犯罪だ。
彼女がそんなことをした理由は、すぐに観客に明かされることとなる。じつはマヤは、第二次大戦時にナチスの収容所で、軍人におそろしい加害行為を受けたばかりか、家族の生死にかかわる、あまりに凄惨な体験を味わわされていたのだ。そしてマヤが誘拐した人物こそ、彼女の過去の幸せをその手で奪った、元ナチス兵なのだという。つまり、マヤが犯罪を行なったのは、自分と家族の復讐のためだったのである。
しかし本当に彼が、その加害者なのだろうか。よくよく考えてみると、ヨーロッパでマヤを迫害した人物が、彼女が移り住んだアメリカの同じ都市にやってきて、偶然にも近所に住むことになるなど、あまりに出来すぎた話ではないか。自分の手で男を殺害しようとしたマヤは、「人違いだ」と主張する、トーマスと名乗るその男(ジョエル・キナマン)が本当に加害者であったかどうか、確証を得られなかった。なぜなら彼女は、加害を受けたその日、精神的なショックから記憶が断片的に欠落していたのだ。
そのためマヤは一時的に、復讐のための殺しを断念、男を家に連れ帰り、地下室の椅子に縛り付けた状態で、彼の嘘を暴きだそうと暴力を振るい始めるのである。地下室で縛られた見知らぬ男を妻が痛めつけている様子に気づいた夫・ルイスは仰天し、パニック状態に。マヤから事情を聞いたルイスは、妻への愛情と善良な市民としての理性の間で葛藤に苦しむことになる。その一方で彼は、過激な行動に出たマヤの精神状態に疑問を抱き始めるのだった。
たしかに、個人が勝手に誰かを拉致して私刑(リンチ)をはたらけば、過去にどんな因縁があろうが重大な犯罪行為となる。だが、本当にこのトーマスと名乗る男が、戦時中に凶悪な非人間的な行為を、マヤやその家族にしていた人物だったならば、ここでのマヤの行動が法律的に正当化されることは絶対にないにせよ、少なくとも彼女にとって意味がある犯罪だということになる。しかし、男が繰り返し主張するように、単なる人違いなのであれば、妄想を抱いたマヤが何の関係もない人物をいたずらに痛めつけているだけということになってしまうのだ。