『ユンヒへ』『ひかり探して』『声もなく』 “声なき者たち”の声をすくう韓国映画の今

“声なき者たち”の声をすくう韓国映画の今

 岩井俊二監督『Love Letter』にインスパイアされ、北海道・小樽と韓国を舞台に中年のレズビアンである主人公たちの20年に及ぶ心の旅路を描いた韓国映画『ユンヒへ』が好評だ。2019年に第24回釜山国際映画祭クロージングを飾りクィアカメリア賞を受賞、2020年には第41回青龍映画賞で監督賞&脚本賞を受賞した本作は待望の日本公開であり、SNSをみるとリピーターも多い様子。

 40代の、レズビアンの女性を主人公にした映画は、家族主義が重んじられ、家父長制が根強い点で似通う日本と韓国においてはかなり希少である。だが、本作に連なるかのように、人生の大切な時期を奪われた女性たちへの抑圧や性差別を盛り込んだ韓国映画が今、続々と日本公開されている。『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』に衝撃を受けたのなら、ぜひ触れてほしい作品ばかりだ。

覆い隠された声をあらわにする『ユンヒへ』

 『ユンヒへ』でメガホンを取ったのは、これが長編2作目、1986年生まれの男性監督イム・デヒョン。20年前に引き離された同性カップル、ユンヒ(キム・ヒエ)とジュン(中村優子)、ユンヒの娘セボム(キム・ソへ)、ジュンの伯母マサコ(木野花)、ジュンに思いを寄せるリョウコ(瀧内公美)ら女性たちへの目線は誠実で真摯。セボム以外はこれまで生きてきた中で、クィアの女性として、またジュンの場合は日韓のルーツを持つ者としても何かしらの偏見や差別にさらされてきたはずだが、語りすぎてはいない。

 小樽でしんしんと降り続く雪が、彼女たちの恋慕や声を覆い隠し、抑え込んできたものの暗喩のようで、マサコが繰り返す「雪はいつ止むのか」というセリフが象徴的に聞こえてくる。韓国語で「新しい春」を意味するセボムが生きていくこれからの世界は、春の始まりのように穏やかな景色であってほしい。

 さらに、『ユンヒへ』に登場する男性たちにも注目だ。セボムの彼氏ギョンス(ソン・ユビン)はリメイク好きで素朴さを愛し、セボムが嫌がることは決してしないし、ガールフレンドを飾り物のように扱ったりはしない。また、ユンヒの元夫インホ(ユ・ジェミョン)はユンヒといて「寂しかった」と娘セボムに吐露し、ユンヒの前では肩を震わせて涙する。インホを演じた、『梨泰院クラス』の長家会長役で知られるユ・ジェミョンの姿は、骨太社会派ドラマや身も凍るサスペンススリラー、ノワールアクションだけが韓国映画の醍醐味でないことを教えてくれる。

社会の片隅で生きる者が誘拐をきっかけに巡り会う『声もなく』

 そのユ・ジェミョンが裏社会の底辺で死体処理をして生計を立てる、不穏な役柄を演じているのが『声もなく』。主演はイ・チャンドン監督『バーニング 劇場版』をはじめ、Netflixシリーズ『地獄が呼んでいる』の教祖役も強烈だったユ・アインで、話すことを諦めてしまった青年テインを演じ、ユ・ジェミョンは彼の“親代わり”で相棒のチャンボクに扮している。

 彼らは、組織のボスが身代金目的で誘拐した11歳の少女チョヒ(ムン・スンア)を1日だけ預かるはずが、ボスが殺されてしまい、チョヒの父親が身代金を出し渋っていることもあって本物の誘拐犯になってしまう。「弟がいるから私はいらないんだ」と身をもって実感してしまう少女、口のきけない親のいない青年と学校にも通えない幼いその妹、片足を引きずる中年の男。社会から爪弾きにされた者たちが身を寄せた疑似家族が、のどかな韓国の田舎の片隅ででき上がるが、それは身代金をせっつくために撮影したポラロイド写真のようにやがては色褪せて消えてしまう、かりそめの家族だ。

 そして散らかり放題で雑然としたテインの小屋を“家らしく”整えていくのが、家庭で厳しくしつけられ、しっかりと教育を受けているチョヒであるのが、何とも物悲しく皮肉めいている。男兄弟とは教育方針や家族の接し方がまるで違った『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』を思い出さずにはいられない。この今日的なテーマを、韓国犯罪映画の匂いを残しながら場違いなユーモアとともに程よいバランスで描ききったのは、まさに1982年生まれで、本作で監督デビューを果たしたホン・ウィジョン。いまや世界的にも知られるようになったユ・アインが、新人女性監督の低予算オリジナル脚本作品に出演したことは本国で大きな話題になったという。

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