「アニメは実写に、実写はアニメになる」第7回
『マトリックス』はなぜ“画期的”だったのか バレットタイム演出が生んだ別のリアリズム
映画史初期を参照し、アニメーションに至ることの意味
デジタルという最新のテクノロジーによって、映像文化の原初の欲望に立ち返っているのは、奇妙なことに思えるかもしれない。しかし、デジタル技術の発展によって生まれた新しい事象が、映画史初期や映画前史の特徴を持っていることを指摘する人は実は多い。
映像メディア論を研究する増田展大氏は、自著『科学者の網膜 身体をめぐる映像技術論:1880ー1910』で、「現代の映像文化やデジタル技術との近接性が、これら初期映画やその周辺に指摘されるようになってすでにひさしい」と指摘している(※8)。
120台ものカメラを制御するテクノロジーがあって初めて可能になったバレットタイムは、その後、『マトリックス リローデッド』と『マトリックス レボリューションズ』においては「バーチャルシネマトグラフィー」と呼ばれるような技術体系に発展し、登場人物たちごとデジタルデータ化したうえで、デジタルのバーチャルカメラ上で自由自在な動きを作るようになった(※9)。
結果として、その映像は実写のようなテクスチャーを持ったアニメーションとでも呼ぶべきようなものとなった。これもまた、映画史の初期、あるいは映画前史に見られる事態なのである。なぜなら、映画前史の動くイメージには、実写誕生以前にアニメーション的なものが存在していたからだ。
トム・ガニングは、ゾートロープやフェナキスティスコープ、あるいはフリップ・ブック(パラパラ漫画のようなもの)は、単に動きを表象しているのではなく動きを作りだしていると言う(※10)。その時、存在していた動くイメージは絵の連続、すなわちアニメーションであったと言ってもおかしくないだろう。その後、写真を連続に並べて動きを創出する可能性が見出され、そこから実写映画が生まれた。
動くイメージそのものは、マイブリッジの連続写真の前から存在していた。マイブリッジの連続写真は、映像の始まりというより、写真によって動くイメージを可能にすることにヒントを与え、それが、実写とアニメーションに別れていった歴史の分岐点だったのではないか。ガニングはマイブリッジの連続写真の誕生を指して「この瞬間に絵画と写真は、運動のイメージについての全く異なった考え方によって、劇的に衝突することになったのだ。近代的なアニメーションはこの衝突から登場したと主張することもできるだろう」と語る(※11)。
その後、映画の世界はアニメーションを周辺のジャンルへと追いやり、映画は現実の光景を再現するものだという考えが支配的となった。『マトリックス』は、実写とアニメーションの分岐点となったマイブリッジを参照することで、反対に、実写とアニメーションを再び統合したと言えるかもしれない。
『マトリックス』以降、私たちが目にしている映像は、マイブリッジ以降の区分で言われる実写でもアニメーションでもない、純粋な動くイメージなのかもしれない。「まんが・アニメ的リアリズム」を映像で追求した先にあったものは、映画前史のシンプルなイメージの世界だったのだ。
そのシンプルな動くイメージの魅力を引き継いだのは、どちらかと言えば、インデックス性に縛られなかったアニメーションという、映画の「辺境」のジャンルだっただろう。押井守がかつて言った「デジタルの地平で、全ての映画はアニメになる」は、映像の歴史に根ざした発言だと筆者には思える。
この純粋な動くイメージの世界では、実写(のような)映像は必ずしも現実の再現を目指す必要はなく、アニメーション(のような)映像も、必ずしもファンタジックである必要はない。すべては創造力次第で、動きもテクスチャーも思いのままだ。『マトリックス』が切り開いたのはそういう映像文化のあり方なのだ。
引用資料
※1:『キャラクター小説の作り方』新書版、P25、大塚英志、講談社
※2:『映画学』Vol13、「アニメーション論試論その一 ロトスコープとリアル」P114、深川一之、映画学研究会、1999年
※3:『映画学』Vol13、「アニメーション論試論その一 ロトスコープとリアル」P118、深川一之、映画学研究会、1999年
※4:『日経CG』1999年9月号、「新世紀の映画を予感させる弾丸ムービー」、P183、大口孝之、日経BP社。大口はこの原稿で、バレットタイムについて、ウォシャウスキー姉妹やジョン・ゲイターが大友克洋や押井守の作品からインスピレーションを得たと語っていると紹介している。
※5:映画『スピード・レーサー』プレス資料、P5、ワーナー・ブラザース映画
※6:その他にも『スピード・レーサー』には映像の原理に対する言及がある。例えば、冒頭、幼少時代の主人公がパラパラ漫画を描いていたりする。
※7:『映像が動き出すとき 写真・映画・アニメーションのアルケオロジー』、P273、トム・ガニング著、長谷正人訳、みすず書房
※8:『科学者の網膜 身体をめぐる映像技術論:1880―1910』、P283、増田展大、青弓社。増田氏は、その言説の例として、『メディア・スタディーズ(せりか書房)』所収のミリアム・ハンセンの「初期映画/後期映画――公共圏のトランスフォーメーション」瓜生吉則・北田暁大訳や、渡邉大輔『イメージの進行形: ソーシャル時代の映画と映像文化』などを挙げている。
※9:『Cinefex』2003年12月号、「ネオ・リアリズム マトリックス リローデッド」,P8、ジョー・フォーダム、株式会社ボーンデジタル
※10:『映像が動き出すとき 写真・映画・アニメーションのアルケオロジー』、P224、トム・ガニング著、長谷正人訳、みすず書房
※11:『映像が動き出すとき 写真・映画・アニメーションのアルケオロジー』、P288、トム・ガニング著、長谷正人訳、みすず書房
参考資料
『TITLE』200年5月創刊号、「押井守☓ウォシャウスキー兄弟 日本・アニメ・未来」、文藝春秋
『マトリックス』劇場用プログラム、ワーナー・ブラザース映画
『マトリックス リローデッド』劇場用プログラム、ワーナー・ブラザース映画
『マトリックス レボリューションズ』劇場用プログラム、ワーナー・ブラザース映画
『マトリックス レザレクションズ』劇場用プログラム、ワーナー・ブラザース映画
『マトリックス レザレクションズ』特別版劇場用プログラム、ワーナー・ブラザース映画
『映像のアルケオロジー:視覚理論・光学メディア・映像文化(視覚文化叢書) 』大久保 遼、青弓社
■公開・配信情報
『マトリックス レザレクションズ』
全国公開中・プレミア配信中
監督:ラナ・ウォシャウスキー
出演:キアヌ・リーブス、キャリー=アン・モス、ジェイダ・ピンケット・スミス、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、プリヤンカー・チョープラー、ニール・パトリック・ハリス、ジェシカ・ヘンウィック、ジョナサン・グロフ、クリスティーナ・リッチ
配給:ワーナー・ブラザース
発売・販売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
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