『リコリス・ピザ』でのタッグは運命的だった? PTAとHAIMの関係と止まらぬ“歩み”

 2012年、「もう誰も私を助けてくれるなよ」って気分だった当時18歳の私は、そっくりそのままのタイトルの曲をYouTubeで見つけた。HAIMという女性スリーピースバンドの「Don’t Save Me」だ。ジャケ買いをはじめ、MVの雰囲気やアートワークなど視覚的に「あ、これは好きなやつだ」と思う直感は信じるタイプなので、すぐにクリックした覚えがある。好きだった。

HAIM - Don't Save Me (Official Music Video)

 少し癖のある歌い方、メインヴォーカルをはじめとするメンバーの「笑いたい時以外笑わないから」とでもいうような毅然とした表情に引き込まれ、何より実直さといじらしさ溢れる言葉選びの歌詞がすごく好きだった。のちに3人が実の3姉妹であることを知り、もっと好きになった。MV自体は雑に言ってしまえば、その頃のインディによくありがちな“微シュール”のような感じで、彼女たちが魅力的だからずっと見ていられるけれど、特別なものはあまり感じない。このMVを監督したオースティン・ピーターズは同時期にリリースされた「Forever」(2012年)も手掛けているが、どうやらそれがキャリア初期の仕事らしく、その後はBastilleやThe KnocksにMajor Lazerまで幅広いアーティストのビデオを監督している。

HAIM - Right Now (Live)

 HAIMのMVはその後しばらく、毎回違う監督によって撮られていく(個人的なファーストアルバム時代のお気に入りは「The Wire」(2013年)だ。観ているだけでスッキリする)。そのためどこか一貫性には欠けていて、最大の魅力であるHAIMの手前に一つ、彼女たちをあの手この手で“こう見せたい”という誰かの意思のようなフィルターが入っている印象だった。ところが、2017年にそのフィルターを突然取り外し、まさにただHAIMの素の演奏風景だけを撮った「Right Now/VALENTINE」が登場。2曲続けてValentineスタジオのなかで演奏する彼女たちを35mmフィルムで14分映したものだ。レンズの質感の綺麗さ、色合いなどこれまでのHAIMのMVとは一線を画していたと同時に、それが最もHAIMのMVにふさわしいと瞬時に思える説得力さえある。これを監督したのが、ポール・トーマス・アンダーソンだ。

HAIM - Little of Your Love (Video)

 アンダーソンは言わずもがな、アカデミー賞常連の巨匠。『マグノリア』(1999年)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)などで知られている彼は音楽が好きで、これまでもFiona AppleやJoanna Newsom、RadioheadなどのMVを手掛けてきた。近年はもはやHAIMのお抱えビデオグラファーといっても過言ではないくらい、ここ5年で8つのMVを担当している。3曲目のMV「Little of Your Love」では、ハンディで被写体と一緒に移動していくアンダーソンお得意の撮影方法に止まらず、伝説的なゲイバー「Oil Can Harry’s」でラインダンスを踊る彼女たちが本人の代表作『ブギーナイツ』(1997年)のオマージュになっている。3作目の「Night So Long」は再びライブスタイルを映すシンプルなものだが、楽曲のテーマとも言える「孤独」を観客のいないライブ会場の座席で表現し、「夜が終わり、愛する者に別れを告げる」という歌詞に呼応するかのように突如映像が夜に切り替わり、HAIMがファンの前で歌うという巧みな演出が煌っていた。

Haim - Summer Girl

 そして、アンダーソン×HAIMの力が本領発揮されてきたのが3rdアルバム『Women in Music Part III』。先行シングルの「Summer Girl」はメインヴォーカルを務める次女ダニエル・ハイムのパートナーがガンを告知されたことを受けて、彼女が書いた曲だ。自由になり続けるかのように、着ている服を次々と脱ぎながら「後ろではなく、私の隣を歩いて。無条件な愛を感じて」と歌うダニエル。とにかく、HAIMはMVの中で歩く。ひたすらLAの街をただ、歌いながら、時には軽くステップを踏みながら歩く。アンダーソンとHAIMは同じ街の出身だが、それ以上に彼らのタッグが運命的であったのは、アンダーソンがHAIMの母親の元教え子だったことにあるのだ。3姉妹の末っ子、アラナはVanity Fair誌へのインタビューで以下のように語っている。

「『ブギーナイツ』が公開されるって時に、うちのママが『あら、ポールの映画だわ』って言ったの。だから『え? ポールって、ポール・トーマス・アンダーソンのこと!?』って聞き返したら、『そう、そのポール。昔教えていたの』って答えてさ」

 そんな彼女が主演を務める、アンダーソンの最新作『リコリス・ピザ』。LA Timesがファシリテーターを務めたトークイベントで監督は同じように、「僕がアラナと出会ったのは6、7年間かな。もっと前のようにも感じる。だって彼女のお母さんを50年近く知っているからね」と答えていた。まるで運命のような巡り合わせに思えるが、『リコリス・ピザ』はそこから偶然生まれた作品というより、もはや必然的に生まれた作品と言える。

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