2021年の年間ベスト企画
今祥枝の「2021年 年間ベスト海外ドラマTOP10」 判断基準揺らぐ“迷える1年”
もともと好きな分野なのでデンマークや北欧の作品がレベルが高いことは十分に理解していたつもりだったが、実録犯罪捜査ドラマ『インベスティゲーション』のような意欲作が世に送り出される土壌があることには羨望を覚える。『プロミシング・ヤング・ウーマン』では従来なら描かれたであろうレイプシーンを回想シーンでも描かないという表現のあり方にも注目が集まったが、『インベスティゲーション』でも犯人の名前を一切言わず、この手のドラマの“売り”と言ってもいい犯行シーンの再現を徹底して排除している。表現が過激化して行く実録犯罪ドラマや増え続ける殺人犯のドキュメンタリーシリーズへの警鐘として、ただひたすら地道な捜査を続け、被害者の名誉回復につとめるトビアス・リンホルムと製作陣の志、心意気に頭が下がる思いだ。
上記と矛盾するので迷いはあるが、『地下鉄道』のバリー・ジェンキンスの映像世界にはただただ圧倒された。これほど質が向上してもなお、従来のTVシリーズにはない神がかり的に美しい瞬間の数々に涙がこぼれた。一方で黒人に対する虐待のシーンの描写については私は『ゼム』はトラウマポルノだと思うが、本作に関してもそういう指摘がなされていることは理解している。当事者からも意見が分かれるところでもあると思うので、判断や評価を下すことへの難しさは今も感じている。
同じく『DOPESICK』もレイプシーンや虐待・拷問と同じくトラウマとなる描写はある。しかしここで描かれるオピオイド危機は長年問題になっており、映画やドラマでも描かれてきたが、ようやくこうしてエンターテインメントとして世界中に広くわかりやすく、いかに巨大製薬会社が非道な行いをしているのかを伝えることには計り知れない意義を感じる。映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』にも通じる実際の企業犯罪を扱った作品は、メディアのスポンサーが関わっていることも多く媒体としては危険な案件でもある。実際に私はある作品を紹介しようとして「この企業の名前はうちでは出せない」と某出版社に言われてぎょっとしたことがある。たかがエンタメ、されどエンタメ。ちなみに『DOPESICK』とあわせて前後編のドキュメンタリー『巨大製薬会社の陰謀/THE CRIME OF THE CENTURY』をぜひとも観てほしい。このジャンルの雄であるアレックス・ギヴニーの命が心配になるほど、より生々しく製薬会社とアヘンビジネスの実態に迫る入魂の一作だ。
5位『フォー・オール・マンカインド』S2、6位『メア・オブ・イーストタウン』、7位『バリー』S2、8位『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』S1&S2はいずれも意義を見出すこともできるが、純粋に好き! と言いたい優れた娯楽作として選んだ。5はテーマや狙いについて考えれば考えるほど迷宮に入り込む部分もある感覚も好み。7と8はもはや旧作扱いかと思わないでもないが、今年上陸した作品という条件には当てはまるし、シリーズ継続中なので1人でも視聴者が増えてほしいという願いを込めて。
『ヒール:レスラーズ』も無条件にテンションが上がるスポ根ドラマとして、久々にこういう熱中の仕方をしたなあと嬉しくなった作品。同時に、2021年の一つのテーマとして考え続けた「有害な男らしさ」や男性性についての示唆に富んだ作品でもあった。同様のテーマとしては『D.P. ー脱走兵追跡官ー』などの力作もあったが、トキシック・マスキュリニティが男性の精神や健康を蝕む可能性があることについてももっと考えを掘り下げて行きたいと思っている。
もともとの好み&専門ジャンルなので欧米ドラマが中心となったが、過去のベスト10原稿にも書いたが2021年もローカル発の作品にも楽しませてもらった。言わずものがなで韓国の勢いに勝るものはなし。しかし今年全話視聴した韓国ドラマは10本程度なので、自分としてはなかなか相対的に評価するというところまでは至らなかった。韓国専門の方のリストなどを観て秀作を追いかけたいと思う。
もっとも、私の中で各国作品の位置付けはかなり変わった。今年はローカルからメガプラットフォーマーまで積極的に取材して動画配信サービスの最前線を学ぶことにつとめたが、USセントラルな考え方がもう違うのだなと何度も思わされた。折しも読んだ年末号の『週刊東洋経済』掲載のNetflixのテッド・サランドス氏のインタビューでも、「なぜ世界中で観られているのが米国発の作品に集中しているのだろうと、その事実が腑に落ちなかった過去があった。われわれはそれを大きく変えた」と発言していた。グローカル(造語)という言葉もよく聞かれたし、クロスカルチャー的なドラマシリーズも急増している。さまざまなメディアを横断するエンターテインメントのあり方、映像作品の可能性もぐっと広がった2021年。テック系のPodcastなどでせっせと学習しつつ、この先の展望に思いを馳せる年末です。