瀬戸康史が一人二役で魅せる 舞台『彼女を笑う人がいても』が問う「言葉の力」

 実写版『アラジン』(2019年)でジャスミンの吹き替えを担当したことでも知られる木下晴香は、ミュージカルの世界を主戦場とする俳優で、これがストレートプレイ初挑戦。安保闘争の裏側と、震災復興の裏側が描かれる本作は、静かな作品であり、決して大きな身振りが見られるものではない。しかしこれを制限などと感じさせず、ふたつの時代で、ふたりの人物を丹念に生み出している。

瀬戸康史と木下晴香

 映画にドラマにと破竹の勢いで進む渡邊圭祐は、本作が初舞台だ。主演の瀬戸やベテラン勢に囲まれて、日々、好演を刻んでいるところだろう。彼が演じるのは、1960年では東京大学の学生、2021年では伊知哉の後輩記者だ。前者は闘争に参加する若者たちの中で「暴力ではダメだ。僕たちには言葉がある」と訴える目つきの鋭い人物で、後者は笑顔がチャーミングないかにも後輩然とした存在。一人二役の演じ分けでもっとも振れ幅が大きかったのは渡邊であり、彼の柔軟性は作品全体に柔らかさを与えている。

瀬戸康史と渡邊圭祐

 メディアもジャンルも横断するバイプレイヤーの近藤公園が演じるのは、被災して家族と離れ、ひとり東北で働く男性。「声なき声」を発する存在である。緻密な脚本の練り上げられたセリフだけでなく、より身体を通して、この作品から感じられる“重み”や“哀しみ”を彼は体現していると思う。もちろん、ここまでに触れてきた物語に大きく関わる4人だけでなく、阿岐之将一、魏涼子、吉見一豊、大鷹明良ら演劇人の存在があってこそ、1960年という時代と、空騒ぎする現代とが立ち上げられている。

近藤公園と瀬戸康史

 『彼女を笑う人がいても』は東京での上演を終えた後、福岡、愛知、兵庫と巡業することになる。これは、それだけ多くの人が目にする機会があるということだ。物語の舞台は主として東京だが、本作が描出する問題には土地も世代も関係ない。日本の政治は東京五輪という祝祭を前に、声なき声を無視した。そこには「対話」が欠如していた。言葉はときに無力だが、しかしときには大いなる力ともなり得る。映像などのメディアの場合、ある問題意識に端を発した作品の制作から観客の元へと届くまでに“時差”が生じるが、演劇の場合はそれが極めて少ない。本作の「言葉」は、優れた書き手、演出家、俳優たちによって生きている。“これまで”を学び、“これから”を知っていく(生きていく)私たちへの、大きな問題提起となる作品だ。

■公演情報
『彼女を笑う人がいても』 
作:瀬戸山美咲
演出:栗山民也
出演:瀬戸康史、木下晴香、渡邊圭祐、近藤公園、阿岐之将一、魏涼子、吉見一豊、大鷹明良

・福岡公演
日時:12月22日(水)18:30
会場:福岡市民会館・大ホール

・愛知公演
日時:12月25日(土)18:00/26日(日)13:00
会場:刈谷市総合文化センター 大ホール
問合せ:メ~テレ事業 052-331-9966(祝日を除く月-金10:00~18:00)

・兵庫公演
日時:12月29日(水)18:00/30日(木)12:00/30日(木)17:00
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
問合せ:芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10:00~17:00)月曜休/祝日の場合翌日

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