『きのう何食べた?』は美味しくほろ苦い“私たちの日常” 食を通して描かれる思いやりの心
また、「俺ここで死んでもいい」「死ぬなんて、そんなことを言うもんじゃない」というような「死」を巡るドラマ版の2人のやり取りが、本作においても繰り返されていることも興味深かった。特に、序盤に描かれる、京都の竹林の中で互いの手を取り合う賢二と史朗2人の姿は、西島が北野武監督映画『Dolls』において演じた人形浄瑠璃を模した場面を思い起こさせ、賢二の妄想も相まって「心中もの」の光景を匂わせたりもする。
そんな一瞬の「心中(つまりは世間に許されぬ恋をした2人がこの世で共に生きることを諦め死に向かう)」パロディにゾクリさせられるのは、賢二が「世間では普通じゃないと思われるわけだし」と呟くことからもわかるように、彼ら同性カップルに対して向けられる偏見はじめ、そこに透けて見える不寛容な社会の存在を感じずにはいられないからだ。史朗が弁護士事務所で担当するホームレスの老人が起こした殺人事件を巡る裁判において、老人が「俺らみたいなもん、いくら訴えたって信じてもらえない」と言う場面が、よりいっそう現代社会の生きづらさを可視化する。
この作品には、悪人が登場しない。でも、彼らが時に傷ついてしまうのはなぜかと言うと、世代や生き方の違いによる決定的な分かりあえなさがあるからだ。ここにも『おかえりモネ』に通じる、その人にしか分からない、心の痛みが存在している。では、彼らはその「痛み」とどう向き合うのか。史朗が賢二にキャラメルりんごのトーストを作るのも、「大切な人の痛みを想像し、労わる」人の行動である。何かを作ったり一緒に食べたりすることを通して、この作品は、互いを労わり、思いやることを描いている。おせち料理の黒豆作りを史朗がしている、その煮汁の黒と、落し蓋の白のコントラストを見つめながら、賢二は史朗の両親を思いやる。史朗の母の「肉団子」は2つの家族の心を繋げる。
史朗が「食」を通して繋がった富永佳代子(田中美佐子)との関係にさらなる奥行きが生まれるのもよかったが、スーパー「中村屋」の店員(唯野未歩子)が、史朗と佳代子の会話を聞きながら、画面の片隅でにっこり笑う姿はただただ愛おしかった。彼女の人生の物語の中にも、値引きされた蒲鉾に喜びはしゃぐ常連の史朗と賢二がいて、明るい佳代子がいる。そう思うと、この世界はとてつもなく豊かだ。
「2人だけじゃダメなんだよ、俺たち2人だけで生きているわけじゃないし」と、賢二は言った。これは、互いにとって程よい距離感を保ちながら、同じものを食べて、同じものを見上げて、互いの幸せを一番に思っている人たちの物語だ。どうしても歩み寄れない距離を距離のまま受け入れながら、それでもしっかりと繋がろうとする家族たちの物語であり、そんな彼らの人生を、一見なんでもない、「血の繋がり」以上の繋がりが包み込み、豊かに生い茂っていく、そのさまを、目の当たりにする。それがこの、愛すべき映画なのである。
■公開情報
劇場版『きのう何食べた?』
全国東宝系にて公開中
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社『モーニング』連載中)
出演:西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村勇斗、マキタスポーツ、松村北斗(SixTONES)、田中美佐子(友情出演)、田山涼成、梶芽衣子
監督:中江和仁
脚本:安達奈緒子
チーフプロデューサー:阿部真士
プロデューサー:佐藤敦、瀬戸麻理子
主題歌:スピッツ「大好物」(ユニバーサルJ /ユニバーサル ミュージック)
配給:東宝
製作:劇場版「きのう何食べた?」製作委員会
(c)2021劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (c)よしながふみ/講談社
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