『エターナルズ』でも注目 アジア女優として活躍の場を広げるジェンマ・チャンの魅力

 多様性が尊重される世の中になり、特にハリウッドの大作映画でも様々な人種の俳優がキャスティングされるようになった。それだけではなく、非白人のキャストが主演を務めることも増えている。11月5日に公開されたMCU映画『エターナルズ』で、メインキャラクターのセルシ役を務めるジェンマ・チャンもその1人だ。彼女はいま、ハリウッドで最も注目されているアジア系女優と言っていいだろう。今回はそんなジェンマ・チャンのプロフィールからこれまでの出演作を紹介しつつ、彼女の魅力を探っていきたい。

法律家への道を蹴って俳優に

 ジェンマ・チャンは、1982年11月2日、ロンドンに生まれた。香港出身の父と中国本土生まれでスコットランド育ちの母のもと、妹とともにケント州で育った彼女は、のちにオックスフォード大学ウースター・カレッジに進学。法律を専攻し、優秀な成績を収めた。卒業後には大手法律事務所からトレーニング契約の話もあったが、彼女はそれを蹴ってドラマ・センター・ロンドンに入学することを決意する。そして2006年、ミニシリーズ『When Evil Calls(原題)』で女優デビューを果たした。法律家にならずに俳優になったことについて、チャンは両親をがっかりさせたのではないかと眠れない夜もあったという。

 しかしその後、彼女は順調にキャリアを築いていく。2009年には、イギリスの国民的人気ドラマ『ドクター・フー』のスペシャルエピソードに出演。翌年には、世界中で大ヒットとなったベネディクト・カンバーバッチ主演の『SHERLOCK/シャーロック』でも、1エピソードの中心的なキャラクターを演じている。同年に出演した米中合作映画『シャンハイ』では、ジョン・キューザックや渡辺謙、菊地凛子らと共演。2014年には、クリス・パイン主演のアクション映画『エージェント:ライアン』で、CIAエージェントを演じた。そして2015年、彼女はテレビシリーズ『ヒューマンズ』で主演を務めることになる。

ドラマ『ヒューマンズ』で注目を集め、多くの大作・ヒット作に出演

Huluプレミア『ヒューマンズ』シーズン1(c)Kudos Film & Television Limited 2015

 2015年から2018年にかけて英チャンネル4で放送されたドラマ『ヒューマンズ』は、“シンス”と呼ばれるアンドロイドが普及した世界を舞台としている。人間の代わりに家事や仕事をこなす彼らは、思考や感情を持たない。ジェンマ・チャン演じる“シンス”は、あるときホーキンス一家に買われた。アニータと名付けられた彼女は末っ子のソフィー(ピクシー・デイヴィーズ)には気に入られるが、妻のローラ(キャサリン・パーキンソン)は警戒する。そんななかアニータは、ほかの“シンス”とは違う行動を見せはじめるのだ。本作でのチャンの演技は、まさに完璧としか言いようがない。抑揚のない話し方や、スムーズだが無駄がなさすぎて不自然な動きは、いかにもアンドロイドらしい。一方で、突然感情をあらわにし、意味深な言葉を口にする彼女はどう見ても人間で、ドラマの深いテーマやストーリーに隠された謎が解き明かされることを期待させる。その両極端をスムーズに行き来する演技に引き込まれるのだ。あのすべてを見透かしたような目で見られれば、大抵の人間はドギマギしてしまうだろう。この作品で彼女は注目され、ハリウッド大作や人気フランチャイズにも次々とキャスティングされるようになった。

映画『クレイジー・リッチ!』予告

 2016年、ジェンマ・チャンは『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』に出演する。彼女が演じるマダム・ヤ・ジョウは国際魔法使い連盟の緊急会議のシーンに登場し、少ないながらセリフもあった。2018年に公開された『クレイジー・リッチ!』は、キャストのほとんどがアジア系ということで注目を集め、異例の大ヒットを記録した。もちろんジェンマ・チャンも、この作品に出演している。彼女が演じたアストリッドは、主人公レイチェル(コンスタンス・ウー)の恋人ニック(ヘンリー・ゴールディング)のいとこで、オックスフォード大学を主席で卒業した才女。莫大な資産を持つ実業家であり慈善家だ。そんな彼女は第2の主人公といえるほど、魅力的なキャラクターとなっている。レイチェルと立場は違えど、逃げずに闘う女性として描かれているのだ。この作品自体が、特にアジア圏にいまだに根強く残っている「女性は家庭を最優先すべき」という価値観にノーを突きつけるものなのだが、アストリッドは夫との間にあった問題から目をそらさずに、筋を通す。彼女の感情的な脆さと強さを兼ね備えたキャラクター像は、チャンでなければ表現できなかっただろう。

『キャプテン・マーベル』(c)Marvel Studios 2019

 その後も彼女は立て続けに大作や話題作に出演している。『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』では、エリザベス1世(マーゴット・ロビー)の侍女ベス・オブ・ハードウィックを演じた。若きエリザベスに寄り添う彼女の姿は、慈愛に満ちている。さらにチャンの知名度を上げたのは、2019年の『キャプテン・マーベル』だ。彼女が演じたのは、クリー人のエリート特殊部隊「スターフォース」に所属するスナイパーであり、遺伝子学者でもあるミン・エルヴァ。彼女はブリー・ラーソン演じる主人公のヴァース/キャロル・ダンヴァースを嫌っていて、これまで演じてきた役とは違う意地悪な女性だ。同作で彼女は、アクションにも初挑戦した。初めて声の出演をしたディズニーのアニメーション映画『ラーヤと龍の王国』(2021年)でも、彼女は印象的な役を演じている。チャンが演じたナマーリは、主人公ラーヤ(ケリー・マリー・トラン)と対立するファング国の姫で、彼女のライバルだ。ヴィランに近い立ち位置のキャラクターだが、彼女の声の演技はキャラクターの心の機微を的確に表現し、奥行きを与えている。

『エターナルズ』(c)Marvel Studios 2021

 そしてジェンマ・チャンは、『エターナルズ』でMCUに帰ってくる。しかも今回は、メインキャラクターとしてだ。『ノマドランド』でアカデミー賞作品賞と監督賞を受賞したクロエ・ジャオがメガホンを取ったことでも話題になっている同作への出演について、チャンはイギリス版VOGUEのインタビューでこう語っている。「またMCUに戻ってくることになるとは思っていませんでした。しかもアジア系の女性監督と仕事をするとは、ここ最近の風潮を見ても考えたこともなかったんです」。彼女が演じたセルシはエターナルズのなかでも特に人類を愛し、守ろうとするキャラクターだ。チャンは「セルシの特別な能力は、人々とつながり、世界とつながり、地球とつながること」だと語る。彼女はこれまでの男性ヒーローとは違い、物理的に相手を攻撃することはない。監督のジャオによれば「セルシは、英雄的な行動とはどういうものなのか、観客にもう一度考えさせる役割を担っている」。そうしたセルシの魅力は、間違いなくチャンの演技と知性を感じさせる佇まいから来ているのだ。

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